9月のヨーロッパ旅行─その2─(2003年10月9日)
出張勝也(でばり・かつや)
株式会社オデッセイ コミュニケーションズ代表取締役社長
前回書きましたが、9月の半ば、1週間ほどイギリス、フランスに行ってきました。フランスといってもいつもパリに行くだけで、残念ながらパリ以外の町のことはよく知りません。今回は、フランスに関連する二つの話題を取り上げてみます。
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく
フランス国内各地を、ゴールのパリを目指して20ステージにわたり力を競っていく、「ツール・ド・フランス」という自転車レースの最高峰をご存じですか? 日本ではそれほどマスコミが大々的にとらえることがないのですが、今年のツール・ド・フランスは、歴史的なイベントになりました。というのも、アメリカ人のランス・アームストロングが歴史的な5連覇を達成するかどうかがかかっていたからです。
アームストロングは見事、5回目の個人総合優勝をなし遂げ、念願のマイヨ・ジョーヌを手にしました。マイヨ・ジョーヌ(Maillot Jaune)とはフランス語で「黄色いジャージ」という意味で、優勝者に与えられる黄色いジャージのシャツのことです。
週末に、ランス・アームストロングの『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』(出版:講談社 本体価格:1,700円 ISBN:4062102455)を読みました。ランス・アームストロングについては、知っている人にはまったく説明の必要はないのですが、1996年、25歳の時に睾丸(こうがん)がんにかかっていることが発覚、その時、すでに肺と脳にもがんが転移していたにもかかわらず、強靱な精神力と肉体力、それと周りの献身的な看護によって、がんを克服しました。1999年の「ツール・ド・フランス」で個人総合優勝を飾り、名実ともに、がんの挑戦を乗り越え、自転車の世界だけでなく、すべてのスポーツ分野を通じて、伝説的な人物になったと言えるのではないかと思います。
ランス・アームストロングは、いろいろな意味で興味深い人間です。彼の母親は、17歳の時にランスを産んでいますが、夫とはすぐに別れ、その後は、一人で彼を育てます。母親への激しいほどの愛情の吐露がこの本の至る所に書かれています。彼ががんを克服できたことには、三つの要因があるように思えます。一つ目は、彼自身が生まれ持った超人的な肉体。二つ目は、アメリカの先進的な医療。そして三つ目が、母親からの愛情。
自転車競技には関心のない人にも、『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』をお勧めします。ヨーロッパ中心のスポーツである自転車競技において、アメリカ人であるランス・アームストロングが直面するさまざまな困難の裏話、がんとの壮絶な戦いにうち勝ちながらスポーツの世界で最高峰を目指すことが、生々しく書かれています。僕にとっては、とても勇気を与えてくれる一冊の本でした。
ジョエル・ロブションと寿司屋
パリではここ数年、一つのホテルに泊まることにしています。そのホテルは、サンジェルマン・デプレの大通りからちょっと入ったところにある、今風に言うとデザインホテルです。歩いてすぐのところには、Rue de Bucの地下鉄の駅もあります。このホテルのすぐ隣に1年ほど前に別のデザインホテルができましたが、その1階にジョエル・ロブションが、「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」という新しいレストランを開いていましたので、先月パリに行った際に、のぞいてみました。
僕は、同窓である某県のT知事のように舌が肥えていませんので、この場では料理の中身に関しては一切コメントをしませんが、僕がおもしろいと思ったのは、このフランス料理界の実力者の新しいレストランは、まさに日本の寿司屋(あるいは焼鳥屋)のカウンター形式そのものだったからです。先月17日にパリから帰ってきたのですが、偶然なことに、20日の朝日新聞の朝刊では、そのロブションの記事がでていて、この中で新しいレストランのインテリアは、寿司屋がヒントになっていることを明かしています。
僕が大好きなレストランに、もう一人のフランス料理界の実力者アラン・デュカスが世界的に展開している「スプーン」があります。日本では、僕の住んでいる舞浜のイクスピアリにあったのですが、大変残念なことに昨年の末に閉店になっています。この「スプーン」も日本を含む多国籍の料理からヒントを得た、新しい形式のフランス料理店です。
国際化の中でもう「独占」はありえない
アメリカ人のランス・アームストロングが、ヨーロッパの伝統に根ざす自転車競技の最高峰で優勝することや、フランス料理の実力者たちが日本料理からヒントを得ながら新しい形式のフランス料理を作っていくこともそうですが、あまり国籍や伝統ということを狭く考える必要はないのではないかと思います。特にそれらの「所有権」を巡って、誰のモノだとか、誰々にはそれは属さない、とかの議論は意味がないどころか、有害そのものなのでは?
本当にオリジナルな、独創的なアイデアと呼べるものは、いったいどれだけあるのでしょうか? 料理の分野でも、映画の分野でも、あるいは絵画においても、アーティストたちは古今東西、別のアーティストたちから学びながら、新しい作品を作ってきました。世界の歴史は、お互いに学び合う(=盗み合う)歴史とも言えるかもしれません。
大ざっぱな言い方かもしれませんが、一人の人間の独創性なんてたいしたことないのではないかと思うことがあります。アイデアの国籍に重きを置き、それらを独り占めしようという発想は、グローバル化した時代にはありえないのではないでしょうか。あるものを世界に広めたいとか、多くの人たちにも知ってほしいと希望した瞬間から、「独占的な所有」は終わるように思います(スポーツで例をとれば、柔道の世界では、色の付いた柔道着やルールの改正を巡って、日本の柔道界が孤立しているようなことを新聞で読みます。「柔道」は日本のものかもしれませんが、「Judo」はもう日本人だけのものではないのでは?)。
独創性や著作権、それから文化の中での伝統の問題は、いろいろな論点から議論されるべき、とてもおもしろい話題だと思いますので、チャンスがあれば別の機会にも考えてみたいと思っています。自転車から料理に行き、最後はとんでもないところに話が飛んでいってしまいました。ちょっとアナーキーな独り言と思って読んでいただければ幸いです。