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丸の内331から

2003年12月、44回目の誕生日を迎えて(2003年12月25日)

出張勝也(でばり・かつや)
株式会社オデッセイ コミュニケーションズ代表取締役社長

2003年も今月で終わり。12月12日から17日まで、ニューヨークに用事があって出掛けました。この原稿は、日本時間で17日の夕方に成田に到着することになっている飛行機の中で書いています。ニューヨークでは、仕事のことで何人かの人たちに会う必要があったのですが、限られた時間の中でも、キーロフ・オーケストラ(ロシア)によるロシア音楽を聴き(カーネギーホール)、James Rosenquist(グッゲンハイム美術館)やEl Greco(メトロポリタン美術館)の作品に触れることができたので、とてもハッピーでした。

個人的な話になりますが、12月11日に、44回目の誕生日を迎えました。僕が生まれたのは、1959年ですが、日本が太平洋戦争(人によっては15年戦争、あるいは大東亜戦争とも呼ぶものですが)に敗れたのが1945年。1945年8月の敗戦から、14年たって、僕は四国の小さな海辺の町で生まれました。高知県宿毛市片島という、かつて小さな軍港があったところで生まれたのですが、両親の話では時々米軍の爆撃機が飛んできたこともあるということです。

僕には、1964年にあった東京オリンピックの記憶はほとんどありません。68年のメキシコオリンピックは白黒のテレビで見た記憶はあり、記憶として残っているのは60年代後半以降のことばかりだと思います。僕は身近に祖父母たちがいたわけではなかったので、戦争を経験した人たちから直接話を聞く機会もあまりありませんでした。日本の高度成長期に育ち、戦争のことなどまったく過去のこととして生まれ育ちました。

このごろ、過去のこと、言い換えれば、歴史のことをよく考えます。時間が経つことの速さに驚くとともに、その中で自分は本当に成長しているのか(あるいは賢明になったのか)とか、自分たちの世代は、少しでも自分たちの属している社会に貢献できているのか(あるいは後退させているのではないだろうか)とか、僕たちの前にあるさまざまな問題や課題は、どこに原因があるのだろうか、などということを、結構、真剣に考えるようになってきました。

日本の敗戦からほんの14年後に生まれたのだ!


その中で大きな発見だったのが、「僕は、日本の敗戦からほんの14年後に生まれたのだ!」ということです。今、44歳の位置から14年前を振り返ると、僕にとっては、バンカーズトラスト銀行で累積債務国向け銀行ローンの商売をしていた1989年になります。1989年は日本経済にとって、史上最高の年でした。12月には日経ダウは3万8915円の天井を打った年です。翌1990年から日本経済のバブル崩壊が始まるわけですが、1989年から2003年まで、日本にとってたくさんのことが起こりましたし、僕自身の身の上にも多くのことが起こりました。

そして、一つ言えることは、「1989年はつい昨日のことだ!」ということです。

自分自身のことで言えば、この14年間でどれだけ賢くなったのか? もしかして、「バカは死ななきゃ直らない」というのは、僕のことではなかろうか……というように思えてきて、自己嫌悪になりそうです。たしかに、マキャベリは「生まれ持った性格にはどうしても逆らえない」(『政略論』)と書きました。

話は過去にさかのぼりますが、この14年間という時間が、僕の中で早く過ぎていったということを思ったとき、僕が生まれた1959年から数えて14年前にあたる1945年が、とても身近なものになります。この年の8月15日、日本がアメリカを中心とする連合軍に降伏したときのことも、1959年に44歳を迎えた人たちは、きっと、昨日のことのように覚えていたことでしょう。1945年に30歳だったはずの男たちは、戦場で必死に戦っていたのかもしれないし、別の男たちは、1959年に44歳を迎えることもなく、戦場で死んでいったのかもしれません。

ところは変わって、2003年12月14日のニューヨーク。宿泊先のホテルで見ていた日曜日のテレビでは、フセインがついに捕まったことがずっと流れていました。多くの国民を苦しめた独裁者、化学兵器を使った危険人物は、アメリカ軍によってついに捕まりました。「一部のアラブの人たちは、フセインが何らの抵抗も見せることなくアメリカ兵士に捕まったことに失望している」という話も聞きます。これから、アメリカによるイラク統治はどのように進展していくのでしょうか? イラクは、今後、アメリカの中東戦略の橋頭保つとして重要な位置を占めるようになるのでしょうか?

ニューヨークのホテルの部屋で、CNNのイラク報道を見ながら、僕は1945年8月、アメリカのメディアが日本の降伏をどのように報道していたのだろうかということに思いを馳せていました。また、イラクの国民たちがアメリカの占領軍をどのように思っているのかということを想像すると同時に、1945年の8月以降、僕たちの両親や祖父母の世代の人たちが、1952年まで続いたアメリカによる日本占領を、どのように受け入れていったのかということも。

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ


「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」。この14年間を振り返ったとき、僕自身は、手痛い経験をしてようやく学ぶことが多かったと思っています。日本のことを考えると、戦後の教育を受けた僕らはあまりにも自分たちの歴史を教えられてこなかったのかもしれません。政治家にしても、どれだけ歴史に学ぶことを行っているのか、ちょっと心もとない思いがします。

僕らは、いま一度、敗戦の経験に立ち返ってみる必要があると思うのですが、いかがでしょうか? もうすでに60年近く前の話ではないか、と言う人もいるかもしれません。たしかに時間は進んでいくけれど、その中にいる人間はどれだけ賢くなっているものでしょうか? 日本が敗戦の経験をどのように生かしていくのかということが、これからの日本にとってはもっとも重要なことの一つだと信じています。なぜなら、その経験から十分に学んでいないと思われるから。

来る2004年には、日本が敗戦の結果何を得て、何を失ったのかということを、もう少し勉強してみたいと思います。2004年が、みなさんにとってもいい年になりますように!


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