ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第43回 菅原真樹さん

| 43 |
フリーダイビングトレーナー・アプネアフォトグラファー
|
菅原真樹さん
|
|
|
スーパーガイドをめざす
- 佐々木
菅原さんに東京でこうしてお会いすることができるとおもっていませんでしたので、とても嬉しいです。昨年夏には大変よい経験をさせていただきました。ご指導ありがとうございました。
4日間のご指導で5歳の息子はシュノーケリングで200mくらい一人で泳ぎ回って熱帯魚を見ることができるようになりましたし、水深1500mのところでも楽しそうに泳いでいました。10歳の娘は、どこでもOK。深さ2〜3メートルなら、潜って、裏返しになったり、空気のリングを作ったり、自由自在になりました。
わたし自身もずいぶん潜れるようになって、楽しさを実感しました。今日は、菅原さんの海に対する思いや、人や動物とのコミュニケーションのこと、ボンベを背負わないフリーダイビングの魅力など、深さ76メートルも潜る極意や呼吸法などいろいろお伺いしたいとおもいます。
- 菅原
私もとても楽しい体験でした。子供たちと過ごしていると私も勉強になりますし、とっても私自身リラックスするのです。
- 佐々木
そう言っていただけると有難い(笑)。それで、ハワイ島に住み始めたのは、いつからですか?
- 菅原
移住したのは1993年です。実は小学生の時からコナへの移住は夢であり計画を立てていたので、自分を信じて一度きりのつもりで、あるきっかけがあって米国グリーンカードの抽選プログラムに応募し、1992年にその僅かに頂いた小さなチャンスを掴んで翌年移住したのです。
ただ、その頃自分にできることはダイビングしかなかったから、移住したらダイビングサービスをしようと考えました。
- 佐々木
ずいぶん話題になった「抽選であたるグリーンカード」ですね? じゃ、ハワイ島でダイビングの仕事をしようと考えていたのはなぜですか?
- 菅原
以前、客船で仕事をしたことがあったのですが、海上にずっといながら海の中が見えない!、っていうジレンマがものすごくあったわけですね。それがまあ、いい方向に爆発したと思うんですよ。
海のガイドになりたいと考えていたので、ダイビングショップでアルバイトをしながら、最初の半年はとにかく朝から晩まであらゆる場所をリサーチするためにコナ周辺の海を徹底的に潜りました。ガイドをするなら、その場所のことをよく学ばないといけないので。「他のプロに負けないくらいになって、ハワイで一番になりたいたい」っていう気がありましたね。
- 佐々木
やるならトップを狙う、ということですか。
- 菅原
ええ。ガイドなら、憧れる人はスーパーガイドと呼ばれる人。条件としては素潜りで深さ40メートル潜れなくちゃいけないとかね。自分でもう、イメージしていたわけですね。写真撮影も、トップクラスの腕前を持っている、とか。
- 佐々木
ダイビングでのガイドというのは、潜るのと写真を撮るのと両方できなくちゃダメなんですか。
- 菅原
写真も撮れたほうが、より幅が広いですよね。それから生物に対しての協調性だとか、詳しい生態を知っているかですね。それと、お客様をお連れするハイクラスなマナーですね、そういうものが備わっているものが、僕はスーパーガイドだというふうに、勝手に思っていたわけです。実際、その頃目標になる素晴らしい方がいたわけですけれど。
- 佐々木
確かに今の菅原さんは、プロの写真家で、生態に詳しくて、海には謙虚に潜り、私たちには丁寧にご指導くださる。まさに「総合的な一流」を追及されて達成されているから、私たちも満足をしたわけですね。
1/25
|
 |
|
|
|