ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第67回 アシハラヒロコさん

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アシハラヒロコさん
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「女性が職業を持つ時代が日本にもくる」と父に言われ
- アシハラ
父が若い頃にハーバードに留学してるんですね。フルブライトで。行って帰ってきた時に、アメリカは日本の10年先をいっているから、必ずや女性が職業をもつような時代が日本にもくるから、大学は職業訓練の場として行きなさい、って。
- 佐々木
って言ったの? すばらしいお父様。
- アシハラ
言ったの。非常にまじめで、努力家の父だった。いわゆる普通の質素な真面目な家庭。
- 佐々木
じゃあ、大きな素敵な家を見たとか、本を読んだとか、っていうドラマチックなきっかけがあるわけではないわけですね?
- アシハラ
ドラマチックなきっかけはないかなあ。でも、未知の世界に純粋に魅せられ、ワクワクして大学に通いはじめたのは覚えています。高校が全員受験勉強まっしぐらだったので、大学に入って設計とかデッサンとかうれしかった。
- 佐々木
品の良さみたいなものはずっと子供の頃からの生活で培われてたんですね。
- アシハラ
母が厳しかった。品がいいかどうかは知らないいけど、母が厳しかったし、字も一応、人前で書けるようにしてくれたのも母。
子供を育てるのは自分の仕事とするぞ、と。で、旦那さんは安心して仕事に行ってもらって、家庭は全部私が切り盛りするんだって決心して結婚してますから、今で言えば教育ママってことかしら。だから小学生のときは、きちっとダメなものはダメと徹底的に教えられた。
- 佐々木
メリハリを教えるって、大切です。
- アシハラ
書き初めなんてもう、厳しくて。お正月が大嫌いでしたからね。母が認めてくれるまで、何十枚も書かされるんだもん。お陰で文部大臣賞やらを習いに行っていないのにいただきましたが(笑)。
母は、人のせいにしない、いつも自分のできる最大の努力をしているような人。家をしっかりと守っていました。
家事とは、育児とは、ということを母の背中を見ながら学んできました。一昨年亡くなりましたが、喪失感に見まわれました。母が亡くなるときに「娘に生まれてほんとうにうれしかった、ありがとう。ママの娘であることを誇りに思っています」と伝えました。聞こえたかどうかはわからないけれど。母として妻として人として尊敬しています。今あるのも、母が基盤ですね。きっと。
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