ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第9回 坂野尚子さん

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株式会社キャリア戦略研究所 所長 株式会社ザ・クイック 代表取締役
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坂野尚子さん
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仕事の厳しさを知る
- 佐々木
今日はお忙しい中、ありがとうございます。坂野さんにはたくさんお尋ねしたいことがあるのですが、まず、キャリアについてお聞きしたいと思います。大学卒業後、フジテレビのアナウンサーになられて、29歳でお辞めになったんですよね? そして、コロンビア大学に留学された。まずは、そのあたりのお話から聞かせてくださいますか。
- 坂野
20歳位の時に自分自身の生き方がすごく「中途半端で嫌だな」と思ったんですね。何が中途半端かっていうと、たとえば、本当は国立の一橋大学に入りたかったのに、落ちて、私立のICUに入学した。ICUでは留学制度があったのに、人選から落ちてしまった。
そういう経験をしつつ、大学は共学だったので、女子ばかりの中学高校時代とはまた違った雰囲気があり、2年間をすごく楽しく過ごしていたのですが、3年生のある時、「本当にこれでいいのかな」と疑問が湧いてきたんです。
- 佐々木
どんな疑問が?
- 坂野
「自分は人生で何がやりたいのかな」と考えたんです。そこで、放送に携わるような仕事、話す仕事、報道記者、DJなどが頭に浮かんだんです。いい加減なんですけど、ただただ、「話をする」「話を聞く」ような仕事をやってみたいな……という思いがありました。
それで、ちょっと本気でやってみようと思って、アナウンサー育成の学校に通い始めたんです。そこでたまたまご縁があってオーディションを受けて、ラジオの報道番組のリポーターを1年半位やることになりました。レストランのレジとかのアルバイトはやったことがあったんですが、仕事に真剣に取り組んだのはこの時が初めてでした。そして、仕事がどれ程大変なことかを実感しました。
- 佐々木
たとえば、どんなことから?
- 坂野
現場の脚本を書く放送作家兼ディレクターみたいな人とDJ担当のアナウンサーがいて、わたしがそのアナウンサーの人の冗談に付き合って笑っていたら、わたしだけディレクターに怒鳴られたことがあったんです。真剣に親以外の人に怒鳴られたというのは、その時が初めてでした。お金をいただいて仕事をするっていうことがどれ程厳しいかっていうことを、その時、実感したんです。これが放送業界に飛び込んでやっていこう、と真剣に思うきっかけになりました。
わたしが大学を卒業したてのころは、今の氷河期なんてあまいと思うぐらい厳しい時代で。すごく優秀な大学の友人さえも、2年生の短卒の資格でいろんな大企業の入社試験を受けていました。
そういう時代でしたから、希望どおり、フジテレビに受かって本当にびっくりしました。もちろんいろんな情報を収集してノートを作って、複数の企業の説明会に行き、入社試験を受けていました。その結果、旅行会社や銀行の内定もいただいたわけですが。
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