フルーティで華やかな香り。時に、なめらかな舌触りかと思えば、すっきりとした辛口。濃厚な赤色、心がふるえる魅惑的な味わい……。まるで選び抜かれた赤ワインのようだと感じたのは、初めて彼女のCDを聴いた時。
そんな寺井尚子さんの演奏を生で聴こうと、コンサート「“アンセム”ツアー2003」に行って来ました。
20代のカップル、仲良し母娘、ビジネスマン3人連れ、老夫婦と、実に幅広い層の観客でホールは満杯。さすが、人気、実力ともにナンバーワンのジャズ・ヴァイオリニストです。
軽快な4ビートで幕が開け、2曲目の美しくドラマチックなワルツ「夢の終わりに」へと進むと、もうすでに胸をギュッとつかまれる感覚。心臓の鼓動が曲のリズムに、血液の流れがメロディーに、呼応し始めたようです。
ヴァイオリンは上半身で弾くというイメージを勝手に抱いていました。けれど、寺井尚子さんは全身で奏でます。しなやかで弾力のある動き、身体の一部になったヴァイオリンとの華麗なパフォーマンス。流れるように、ほとばしるように、ダンスを踊る。そして、研ぎ澄まされた音色が渦のように広がり、どこか高い所へと昇って行きます。
3曲目は、古き良き映画音楽の「慕情」をスリリングな4ビートで。続く叙情的なバラード「Time to say good-bye」(作曲はピアノ&キーボードの北島直樹さん)と、アップテンポでラテン系の「Hit
and away」(作曲はギターの細野義彦さん)は、最新アルバム『anthem』にも収録されていない未発表曲。バンドのメンバーも、楽器の個性を主張しつつ美しいまとまりをつくり、ヴァイオリンの音色をマキシマムに際立たせています。
こんなに澄んだ切ないヴァイオリンの音色を聴いたのは初めて。そう感じたのは、「あなたの中の私」。寺井尚子さんオリジナルの楽曲です。流麗なメロディーに身を任せる心地よさ。
キラキラした音の粒子が皮膚から浸透して、からだ中の細胞まで行き渡るような快感。
だんだんほろ酔い気分になってきました(残念ながらお酒は飲んでいませんけど)。打って変わってアップテンポな「愛の行方」。
バンドのメンバー全員がハイテンションで盛り上がります。しなやかで力強く情熱的な演奏とともに、前半が終了。
15分のインターミッションをはさんでスタートした後半は、ステージ奥に曲のイメージに合わせた美しい画像が映し出されます。最初は、透明な青空。「汽車で世界旅行をしていて、窓を開けたらさっとさわやかな風が吹き込んできた、そんなイメージです」と、寺井さんが紹介したのは「そよ風とともに」。まさにその通りの気持ち良さで、休日の晴れた午後に聴きたい一曲という感じ。
そして、イキのいい4ビートの「ストレート・フラッシュ」、シャンソンの名曲「愛の讃歌」、ジャジーなブルース「テンガロン・シューズ」と、一時も飽きさせることのない多彩な楽曲のラインアップ。終始変わることなく聴く者を魅了し続けるのは、何ともつやっぽくグラマラスなヴァイオリンの響き。芳醇なアロマを思わせる音色。それは、CDを聴かせながら何十年も寝かせ、熟成させた赤ワインであるかのように、香り高く、味わい深く、喜びに満ちた音楽なのでした。
ホールを埋める大人たちがうっとりと聴きほれるうちに、いつしかラストナンバーへ。目を閉じて聴き入って陶酔していると懐かしい記憶が込み上げてくるような最後の曲「いつかどこかで」が終わると、すかさず「アンコール!」の歓声が。鳴り止まない拍手に応えて、黒一色から白とベージュへと衣裳をチェンジした寺井尚子さんが、アンコール曲を2曲。
全身で奏でる華麗なパフォーマンスがクライマックスに達し、情熱の花開く瞬間。心が踊り出すのを止められない! 圧倒的な感動のうちに、夢の一夜が幕を閉じました。
●アルバム 『アンセム / ANTHEM』
2003/02/14発売
寺井尚子 / Naoko Terai
TOCJ-68057 2,800円(税込)
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