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今週のテーマ
会議番号:1760
伴侶動物と暮らしたいですか?
投票結果
53
47
407票
365票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2005年11月21日より
2005年11月25日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
柴内晶子 獣医師 赤坂動物病院副院長
皆さんのご意見、Yesの方もNoの方も動物たちへの基本的に優しい視点があることがとてもうれしいです。多く�……
議長コメントを全文読む
2日目までに届いている投稿から...
“命”そのものを学び、尊さを知った (周・パートナー無・24歳)
先日、私の伴侶動物は天国へと逝きました。15年もの長い時間を一緒に暮らすことができ、とても幸せでした。伴侶動物を失ってすぐですから、最後のことを考えると一緒に暮らすことが本当に人間にとっても動物にとっても良いことなのか?という考えもあります。しかし、15年という年月の中で、大変な支えとなってくれていたのも事実です。きちんとした覚悟を持って生活するならば、動物も人間も幸せなパートナーとして生活できると思います。今は悲しさがいっぱいで、伴侶動物と自分がまた新たに暮らすなんて想像はできませんが、自分が母となった時には、動物のいる生活をしたいと思います。伴侶動物と楽しい思い出をたくさん作り、最後まで愛情を注ぎ、天国へと見送る経験は、“命”そのものを学び、尊さを教えてくれると思いました。
伴侶動物と暮らすことが自然 (karura・神奈川・パートナー有・45歳)
家族に犬たちが入ってきて5年目。パートナー、娘たち、そして動物たち、みんな家族。帰宅してドアをあけると飛びついてくる、仕事をしていると足元にごろんと寝そべる犬たちの存在が僕には必要。別に家族がばらばらなわけでもないんです。犬たちを一匹づつハグする時間が大切、旅に出て美味しいものを食べるとパートナーや娘に食べさせたいと思うと同時に、無意識にトーストの耳を残す自分がいます。アパート暮らしのときから、ずっとずっと動物と(も)暮らしたかった。僕にとって伴侶動物と暮らすことが自然。これからもずっと。
パートナとの目標のひとつ (カイトウ・横浜市・パートナー有・30歳)
ぜひ暮らしたいです!私の会社には伴侶動物と共に暮らすビジネスウーマンがたくさんいます。もちろん、大変なことも多いけれど、それ以上に得るものがたくさんあると聞いています。小さい頃から動物と共に生活をしてきた私です。必ず暮らしたいと思っています。今、パートナとの目標は5年以内に家を建て、伴侶動物と共に暮らすという夢を持っています。日々仕事に明け暮れる日々ですがもうひとりの家族とともに過ごす日々が本当に待ち遠しいです。
それでも衛生面が心配 (えむ・東京・パートナー無・36歳)
暮らしたいけれど、衛生面で妥協が出来ないので無理だろうと思っています。
先立たれたら悲しい思いをしそう (がんばるゆきちゃん)
どうしても動物のほうが先に亡くなってしまい、おそらくとても悲しい思いをするので、一緒に暮らす気持ちになれません。
今は3人の子育てで精一杯 (CYAMU・神奈川・パートナー有・45歳)
今はブームで、ペットを飼う人がとても多いですね。私は3人の子育てで一杯一杯で、ペットの世話まではとてもできそうにないです。でも、子どもたちが巣立ってさびしくなったら、ペットを飼いたくなるのでしょうか・・?
年をとってさびしくなったら? (みいや・香川・パートナー有・42歳)
今はNOです。でも年をとってさびしくなったら、生活環境が許されるなら一緒に暮らしたいと思うかもしれませんね。これからは一緒に暮らせるマンションも増えてくるでしょうね。
3日目の円卓会議の議論は...
伴侶動物が私たちに教えてくれること
皆さんのご意見、Yesの方もNoの方も動物たちへの基本的に優しい視点があることがとてもうれしいです。多くの動物たちの中で伴侶動物たちに対しては、私たちは常に配慮する必要があると感じています。
もちろん一緒に暮らすかどうかは個々人の自由ですし、野生動物についてはもうこれ以上人間の社会に取り込んではいけないと思いますが、伴侶動物は生きる場が人間の傍らしかないので、やはり「種としての存続」をさせ続けなくては、とも思います。同時に、彼らは現代社会の中でこそ、そして高齢化社会の中でこそ、さらに子供が育っていく過程でこそ、他に替えのきかない、非常に多くの自然界からのメッセージを持ち、我々に与える役割を持っている存在だとも思います。
この20-30年の間にも日本の社会はずいぶん変わりました。しかもすごい勢いで。実は我々人間もその急変にはついて行けていないのでは?とも思います。そして急増するいわゆる現代病の類。本来両親からもらった命と人生は、最善を尽くすためにあるはずなのでしょうが、現代病に冒されてしまうと「生きている」ことが苦痛であったり、実感がなかったり、「死」を認識出来なかったり、他者に「いたみ」があることにも気づかないこともあるようです。
生き物としての異常事態が我々の社会にはすでに起きているのです。その中で動物というのはそうした周囲の状況と関係なく、生き物としてどうあるべきか?を身をもって示してくれる大切な存在であると思います。理屈ではなく、教えてくれるのです。理屈でなく、他者への愛情、愛おしさとは?スキンシップの暖かさも、言葉がないだけに濃密なコミュニケーションも、です。
それだけに「がんばるゆきちゃん」さんのように、先立たれる悲しみが怖いということは本当だと思います。実に本当に悲しいのですもの。わたしも初めてのお別れの時には、悲しくてもう、目の前の世界があっという間に涙でゆがんだのを覚えています。小学校2年生の時でした。でも思えば、そんなにも「大切な大切な大切な」存在とのかけがえのない暮らしは、今の何でもできるバーチャル・リアリティーの世界で体験出来るんでしょうか?とふと思います。
実は今日先ほど、もう、7年も前に拾われてきて、うちの動物病院でずっと暮らしていたプレーリードッグのかわいいかわいい「プレンダ」がお別れしました、プレンダ は野生動物だったはずです。日本のお客のために、アメリカの砂漠からバキュームマシーンに吸い込んで連れてきて売ってしまった人間は、なんて罪深いのでしょうか?
そのうえもしかしたら買われたおうちの人に気に入られなくて、面倒くさくなって捨てられてしまったか、管理不足で逃げ出してしまったのか?異国のあわない気候の中、青山墓地にひとりたたずんで身体を壊していたプレンダ。うちの動物病院に連れられて来て、手当され、そのままうちの子として生涯を生きて、幸せな瞬間もあったでしょうが、彼女の本来の姿ではなかったはずです。
本当に長い間を過ごした茶色い暖かい丸いプレンダ、動物病院中のスタッフが今まさに死を悼んでいます。東京の真ん中でたくさんのお花に囲まれて埋葬されるアメリカ大陸の野生動物プレンダの骸が、現代のゆがみを象徴しているように感じてなりません。私たちが伴侶動物を取り込んで一緒に暮らすようになってきたことを考えれば、その暮らしを共に分かち合って暮らすことは当たり前でも、このプレンダのような「不自然」なことこそ、今後人間が手を染めてはいけないことなのです。
そして伴侶動物であればさらに、この別れの瞬間の悲しさたるや想像を絶する部分もあります。しかし、その体験が人を育て、人とのつながりに厚みを持たせ、思いやりやいたわりをも育てると思います。
「生き死に」という言葉がありますが、今の世の中自然な形でのそうした体験が希薄すぎで、皆がわがままになり、ちょっと気に入らないことがあるだけでもすぐに極論を言い、時には犯罪といえる行為に至ることもあるように思います。
周さんの体験のように、彼らとの暮らしはまさに「命」の学びです。自分の命があって、家族の命があり、他人の命があって、そこに通じるまでのすごい数の先祖の命があったこと、など普段はなかなか考えないでしょう。
だからといって誰もが共に暮らすべきだと言うつもりはありません。しかし、私たち人間は常に他の生き物の助けなしには1秒たりとも生きてはいないのだということを教えて下れる、生活の中の非常に具体的な存在が伴侶動物だと、私は皆様には伝えたいと思います。
柴内晶子
獣医師 赤坂動物病院副院長
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