「市民派」のジレンマ
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年4月13日
鈴木宗男さんと田中真紀子さんの「子供の喧嘩」に始まって、宗男さんの疑惑、加藤紘一さんの疑惑、そして辻元清美さんの疑惑……と、まあ止まることを知らないかのような疑惑ラッシュ。有権者がうんざりするのも無理はありません。
田中外相をクビにしたことで小泉首相の支持率は大幅に低下。さらに武部農水省をクビにしなかったことで、とうとう支持率と不支持率が逆転するところまできました。それでも、40%前後の支持率はこのところの首相には見られなかった数字です。森前首相などは何と言っても一桁まで落ち込んだのですから。
「支持率が下がっても自分は改革を続ける」と強がる小泉さんは、実は不安でしょう。自民党内に基盤のない小泉さんにしてみれば、国民の支持だけが首相の座を維持するただひとつの命綱であるからです。一方、有権者にとっては、果たして小泉さんは改革を続けられるのだろうか、という疑問があります。
今の支持率は「続けられるのだろうか」という疑問と、「じゃあ小泉さん以外に誰がいるの?」という疑問の狭間にある数字だと思います。横浜市長選で政党の推薦を断って出馬した37歳の中田宏さんが当選しました。彼は民主党に近かったのですが、現職市長に対して対立候補を立てられない政党のあり方を批判して「市民派選挙」を展開して、圧倒的に不利とされていた選挙に勝ったのです。
この中田さんの勝利と小泉さんの40%の支持率は、ある意味で同じだと思います。要するにいっこうに政治を変えられない既成政党に対する有権者の「ノー」という意思表示なのではないでしょうか。それは自民党をはじめとする与党はもちろん、野党である民主党や社民党に対する「ノー」でもあります。
有権者にとっての問題はここから始まります。「ノー」というのは結構だけれども、それではどうするのかというビジョンを示さなければならないからです。いわゆる市民派は、既成政党に対峙するときには「市民派」でいられますが、自分たちがもし政権を取ったら、あいまいな「市民派」ではいられなくなります。
それは一般市民の利害が一致することはほとんどないからでもあり、また利害対立を調整する組織もないからです。たとえば課税最低限の引き下げという問題が出てきたとき、比較的裕福な人は賛成するでしょうし、引き下げられれば税金を払わねばならない人は反対するでしょう。政党ならば、組織の中でそうした利害を調整することもできるでしょうが、「市民組織」ではなかなかむずかしい話です。
中田さんは、市長として政策を決断するとき、いったいどちらを向いて決めるのでしょう。多種多様である市民に支持されていれば、「あちらを立てれば、こちらが立たず」なんていうことが、しょっちゅう起きるはずです。道路一本通すための交渉だって、そう簡単に割り切れるものでもなくなるはずです。
小泉さんを支持する人たちのジレンマはもっと複雑です。自分たちの利権にしがみつく「既成政党」にノーを突きつけ、改革してほしいと思っているのに、自民党に属する小泉さんを支持すれば、その政党の中のいわゆる「抵抗勢力」もいっしょに支持することになるからです。小泉さんがいっそ自民党を飛び出してくれれば、有権者にとってこれはわかりやすいのですが、現実にはその可能性はあまりなさそうです。
去年の参議院選挙は、まさにこういうジレンマ選挙でした。今年か来年かわかりませんが、衆議院の解散・総選挙ということになったら、またこういうジレンマに直面します。さてそのとき、みなさんは誰を支持しますか。