北朝鮮訪問、首相の賭け
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年9月7日
小泉首相が、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を9月17日に訪問することになりました。国として認めていないだけでなく、拉致問題や不審船、核開発疑惑など、日朝間にはさまざまな対立点があります。したがってこの首相訪問によって、国民がある程度納得するような「成果」があれば、小泉首相の支持率は高くなるでしょうが、もし空振りに終わってしまえば、首相の支持率はもとより外務省も大打撃を受けることになるでしょう。
金曜日の朝刊に、日朝共同声明の概要が報道されていました。それによると、最大の懸案事項である拉致問題については、「人道問題として対応」ということでは合意していますが、具体的にどう解決するのかは依然として難航しているそうです。日本の国民感情から言えば、とにかく拉致されたとする人々が無事に生きていること、そして彼らが日本に帰って来れるようにすることしか解決の道はありません。この1点を抜きにして、小泉訪朝の成果を語ることはできないのです。
合格のハードルが極めて高い試験を受けるようなものです。そこで疑問が生まれてきます。これほど難しい局面を打開するのに、いきなり首相が訪朝するというのはリスクが大きすぎるのではないのでしょうか。つまり外務大臣が訪問して成果がなくても、まだ首脳会談という手が残されています。しかし首相が行ってお互いに合意することができなければ、少なくとも何年かの冷却期間をおかないと実のある交渉をすることはできなくなってしまうのです。
ということは逆に言うと、外交当局は何らかの感触をつかんでいるはずです。その感触がどの程度のものなのか、そしてそれが国民的に見て「合格点」なのかどうか、焦点は17日に発表されるはずの共同声明のニュアンスにかかります。
ただ拉致問題は日朝間だけの問題です。東アジアの安全という意味で言えば、アメリカが「悪の枢軸」の一つと名指した北朝鮮の核開発あるいはその運搬手段としてのミサイル開発のほうが大きな問題です。北朝鮮に核兵器の開発を思いとどまらせるために軽水炉の原子力発電所建設を援助する、またミサイル発射実験の凍結するといった枠組みができてきました。この軽水炉については日本も援助国に名を連ねています。
これらの大きな問題については、今回の首脳会談でも議題になり、共同声明に盛り込まれるはずです。国際的にはこの問題で金正日総書記が何を言うかに注目が集まります。そして北朝鮮が譲歩をすれば、アメリカも「悪の枢軸」から北朝鮮を外すかもしれません。アメリカと北朝鮮の関係は冷え込んでいるのですから、ブッシュ大統領も訪米する小泉首相に対して、アメリカの期待感を表明するでしょう。小泉訪朝によって東アジアの情勢が好転すれば、外交の舞台での日本の評価も高まるでしょう。
しかし小泉首相の訪朝が国際的に評価される成果をあげたとしても、拉致問題について成果がなければ、国内的には「失敗」の烙印を押されてしまう可能性もあります。そこが小泉さんの苦しいところなのですが、国民感情からすれば仕方のないことかもしれません。その意味では、政治的にはリスクの大きい訪朝と言うことができます。どのような成果をあげることができるか、注意深く見守りたいと思います。