自由を制限しても安全を守るべき時代
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年10月19日
昨年の9・11テロ以来、アメリカはウサマ・ビンラディンが率いるとされるテロ組織アルカイダを撲滅することに躍起となってきました。しかしインドネシアのバリ島、フィリピンとたてつづけに爆弾テロが発生しました。そして両事件ともアルカイダと関係があるとされています。
このふたつともある意味では予想されていたことです。アルカイダがアジアへ拠点を移しつつあること、とくに危ない国はインドネシア、フィリピンであることは指摘されていたからです。インドネシアはイスラム国であること、そしてフィリピンにはイスラム原理主義のテロ組織アブサヤフがあるからです。
こうなってくるとわれわれ日本人も神経質にならざるをえません。バリもフィリピンも日本人観光客の人気スポットであり、現にバリでは日本人の負傷者も出ました。日本でテロ事件といえば、1995年のオウム真理教による松本サリン事件、地下鉄サリン事件です。しかしあの当時ですら、いつテロがわが身に振りかかってくるかという「恐怖心」が芽生えたわけではありません。とりわけオウム幹部が逮捕されてからは、あのテロ事件も遠い記憶となりました。
あまりにも無防備な日本人
しかしアルカイダは、オウムよりはるかに組織も大きく、資金力もあり、何よりも実行部隊がいます。そしてイスラム過激派も世界のあちらこちらにいます。日本がいつ標的になってもおかしくはないのです。しかしわれわれ日本人は、そして日本政府はテロに対してそういった警戒心があるでしょうか。
旅行中にテロに巻き込まれるのは不運としかいいようがありませんが、テロの危険があるところに行く場合はそれなりの心構えが必要です。聞いた話ですが、イスラエルを旅行していた若い日本人で、パレスチナ問題をまったく知らない人もいるそうです。これではあまりにも無防備としかいいようがありません。
北朝鮮に拉致された被害者のうち、海外旅行中に「拉致」された人たちも、なぜ北朝鮮という日本と国交もない国に行こうと思ったのか、不思議でなりません。もちろん巧妙に誘惑されたに違いありませんが、それでも北朝鮮と日本の状況を考えれば、もっと警戒してもよかったのではないかと思います。
「大平の眠り」を覚ます事件
ここで申しあげたいのは、そういった状況に対して、日本人は島国に住んでいるだけに、あまりにも無頓着ではないかということです。四方を海で囲まれているということは、周囲の影響をそれだけ受けにくいということです。したがってわれわれ日本人は、とりわけ終戦以降、国際情勢に対してある意味で無頓着でした。
もちろん現代では、周辺国から戦争をしかけられる危険性は小さいと思っていいでしょう。しかしテロ組織の活動は、「見えない」ものですから、いつテロを仕掛けられるかわからないのです。空港に自動小銃をもった警官がいたり、あるいは飛行機に搭乗する際、靴まで脱がされるのはかなわないのですが、そういった防衛をしないといけない状況は迫りつつあるのかもしれません。
そろそろ日本も、市民の自由を制限しても社会の安全を守らなくてはならない時代なのでしょうか。バリやフィリピンの爆弾テロ事件は、「太平の眠り」を覚ます事件であるような気がします。そのときになって慌てないように、われわれもいろいろ考えはじめる時期だと思います。