記者にも「職業上の秘密」があるのか さて、では、記者にも「職業上の秘密」があるのでしょうか。
新聞社も放送局も、「ある」という見解です。たとえば、ある事件について新聞社や放送局が取材・報道した件について裁判になったとします。裁判で、記者が、「この情報については、○○さんから聞きました」などと証言してしまったら、どうでしょうか。○○さんは、今後二度と記者には協力しないでしょう。それだけではありませんね。「記者に情報を教えたら、その記者は裁判で簡単に自分のことをしゃべってしまう」と思ったら、誰だって記者の取材には協力しなくなるでしょう。これでは新聞社や放送局の仕事が成り立たなくなる、というのが、新聞社や放送局の主張です。
これを「取材源秘匿の原則」といい、記者になると、最初の研修で叩き込まれます。私も33年前にNHKの記者になったとき、「たとえ自分が刑務所に入ることになっても、取材源は守れ」と教えられました。記者という職業の責任の重さに、心震える思いがしたものです。
また、裁判所も、この主張をある程度認めてきました。1979年に札幌高等裁判所は、「取材源に関する証言が公正な裁判の実現のためにほとんど必須」でない限り、記者が証言を拒否することは認められるという判断を示しました。最高裁判所もこの判断を認めています。
東京地裁は「取材できなくなることは歓迎すべきこと」だと言った
ところが3月14日、東京地方裁判所は、これまでの「常識」を覆す判断を示しました。
これは、アメリカの健康食品会社がアメリカで起こした裁判に関係したものです。
アメリカの健康食品会社とその日本法人が、日米の税務当局の調査を受けて1997年に課税処分を受けたと日本の報道機関が報じました。このため、会社は信用を失うなどの損害を受けたとしてアメリカで裁判を起こしました。
この裁判の過程で、日本の報道機関はどこで情報を得たのか、日本の裁判所で嘱託尋問が行われたのです。嘱託尋問とは、外国の裁判所から頼まれて、日本の裁判所が関係者から話を聞くことです。聞いた内容は依頼先の外国の裁判所に送られます。
この嘱託尋問が東京地方裁判所で行われ、当時記事を書いた読売新聞の記者が、裁判官から証言を求められました。
読売新聞の記者は、尋問のうち21の項目について証言を拒否しました。これについて裁判所は、「取材源は誰か」などという質問に関しては、証言の拒否を認めました。
しかし、「国税職員が記事の情報源か」などという14の質問には証言するように求めたのです。
裁判所は、この判断をした理由について、もし取材源が公務員など守秘義務のある人だった場合、情報源が「開示されれば、以後取材源からの協力を得ることが困難になると予想されるが、それは法令違反が行われなくなることを意味し、法秩序の観点からは歓迎すべきだ」と言ったのです。
つまり、公務員が内部のことを一切言わなくなるからいいことだと言ったのです。
これは、驚くべき論理だと私は思います。記者が公務員から情報を得ようと取材をし……