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新しい豊かさとは何か 2001年11月17日
大企業病に汚染されると……
「私の視点」興味深く拝読いたしました。藤田さんの意見に大賛成です。この不景気の要因の一つは、日本企業の元気のなさにある−−と私も思います。
私が勤務する会社も、大企業病に汚染されており、「社員に活気がない!」のが現状です。私の会社は中小企業。しかし、数年前大手上場企業に買収され、社長以下役員はすべて、親会社からの出向組とそう入れ替えをしました。役員のみならず、各部署の要所要所にも出向社員が勤務するようになりました。
もとは中小企業の町工場。一つひとつ手作りで、小さな受注でも大切に対応してきたという社風があります。そんな中でお客さまとも信頼関係ができており、受注金額は少なくても長いお付き合いの顧客もたくさんいます。
しかし、会社本来の「モノ作り・顧客対応」は、二の次。親会社へ提出する資料作り、毎月の業務記録の作成、ISO取得へ向けての作業、「○○会」と命名した数多くの会議。大企業と同じやり方を押し付け、結局、納期は間に合わない、顧客対応は遅れる……と本来の業務に専念する時間がありません。
私は営業部に所属しているのですが、この不景気の折、社内の資料作りや会議よりもまず、客先へ飛び出していかなければならないと思うのです。しかし、「○日までに資料を出せ」「予算と実績の対比表を作成せよ」などと言われると、「大学のレポートじゃないんです」「ここは、会社なんです!」と声を大にした言いたいのです。
大企業は、このような流暢なことをしていて、経営が成り立っているのでしょうか? 社員には、残業カット+一時帰休とリスクを負っています。しかし、経営陣には危機感を感じられないのが現状です。
全部の会社がわが社と同じとは思いませんが、中小企業に勤めながらにして、大企業の経営の一面を見たような気がします。でも、私はただの平社員……、おっしゃる通り、批判だけは一人前にできるのですが、何をどう対応していったらいいのか分かりません。
変な愚痴メールになってしまって、申し訳ありません。
どうしても一言いいたくって……。(匿名)
評論家ではなかった私達のゆくすえ
私はデザイナーとして企業の物作りにずっと関わってきました。私だけではなく、エンジニアやその他多くの物作りに携わる者たちは、創るということが好きで、真摯にこの仕事に携わってきました。クリエーターの仕事は形があります。形をもったものを批判するのは簡単です。わたしたちは代案を持たない評論家さんたちにいつも批判されてきました。それでもわたしたちは物作りが好きでした。そんなわたしたちの熱い想いが、企業の顔を作ってきたと自負していました。
が、今、企業がその開発部門のリストラを進めています。いえ、今回の不況の深まりよりももっと前に開発部門を閉鎖した企業は多くあります。とりあえず、生き残っているのはその評論家さん、管理経営部門所属者たち。インハウスデザイナーやエンジニアリング部門の技術者は外注で十分。発注する管理部門の事務職がいればいい。そのほうが経済的。
たとえば家電メーカー。これはほぼ全滅状態です。とうとうライバル企業と手を組んだり、一部事業から撤退するなど、大リストラをやらざるをえなくなりました。家電メーカーにしても、企業内の開発はその企業の顔を作ってきました。「このカーブが○○社らしいとこだよね」「○○の製品にしてはこのカラーリングが新鮮」――形を持った「物」をめぐって、そんな会話がプロたちの間ではかわされてきました。それは製品の形の向こうに、物作りを愛してやまないクリエーターたちの姿が見えていたからです。
その開発部門を切る経営者たち。丸ごと、部門ごと切るのは簡単。口ベタで不満を言うすべも知らず、妙にプライドが高く、一応手に職。経営サイドから見れば、リストラの対象としてはもっともイージーでしょう。不良債券処理!お荷物処理!そんな号令が間違った方向に企業を向かせている気がします。自社の開発部門をないがしろにする企業の製品には顔がありません。人件費が安ければどこだっていいという国で作られたマガイ物や、海賊版とでさえ、勝負できなくなります。それがもっとも早く露呈してしまったのが、家電業界だったのではないでしょうか。
リストラクチャリングという行為自体はよいかもしれません。でも、いらない部分を切ったつもりで、「顔」を切っていないでしょうか。経営者がいかに優秀でも、顔の無い、脳だけの怪物は最終的には自滅するのではないでしょうか。
私は今、他人事ではなく、どうやったらクリエーターという個人の力で、企業や国を動かすことができるか、模索しています。(デザイナー)
リストラだけが企業回復の手段ではないはず
バブル崩壊後、少しずつでも日本経済は元気を取り戻していけるかな?と思っていましたが、少しずつも難しい状態で、大企業のリストラ策に関する記事が掲載される度合いがこのところ多くなってきたように思えます。
リストラの対象となるのは、必ずといっていいほど50歳代の方、この年代の人はお給料もそれなりにもらっていてます。企業にとって、一番お金がかかるのが人件費。だから一番お給料をもらっている層にやめてもらう……悪く言えばそんなところなのでしょうか。よく言えば、能力のある社員だけを残して、会社をより一層発展させていこうということなのでしょう。
「能力のある社員=会社の利益をあげられる社員」なら理解できるのですが、「能力ある社員=強力な派閥に残れた社員」というのは腑に落ちません。
いずれにせよ、景気悪化状態が続くから「さぁリストラしましょう!」というのはどうもおかしくてなりません。バサッとくびをきるだけが企業回復させる手段ではないのではないかと思う今日このごろです。(匿名)
どん底の状態を教えて!
プラス1.7%とマイナス0.9%。差は2.6%。年収500万円の家庭で換算すると、来年(今年かな?)は8万5千円の収入増のはずが、4万5千円の減ということ?1ヵ月換算で3750円。別に大したことないし、そんなもんじゃない? というのがわたしの感想なんです。国の経済成長率を自分たちの年収換算するのって見当違いなのかな? でも、国の経済なんてよくわからないわたしにとって、マイナス0.9%をどう実感するか考えてこうなったんです。
このマイナス0.9%ってそんなにおおごとなんですか? 大変なことって具体的に何なの? 誰か教えて! 農水省や厚生省はもう誰も信じていないと思うけど、経済界のお偉方の話も「おおかみ少年」化していると思いません? だって、ほんの半年前までは東証平均株価が13000円割れしたら大変なことになるって言っていて(そのもっと前は20000円か)、そのすぐ後は12000円、そして最後の砦とされていた10000円だってアメリカ同時多発テロであっさり割れちゃったわりには、生活している実感としては「大変なこと」になっているようには思えないんです。まあ、年末と今期の決算後「大変なこと」になるのかもしれないけれど、われわれ一般人にしてみたら、ママも働いて、ローンを返しまくって、何とか健康を維持できますように、って祈るくらいしかできないって。小泉さんの言う痛みもよくわからないけど、経済学者サマたちの言う大変なことっていうのもまったくわかりません。
じゃあ、どうすればよいんだ、って話ですよね。私の一案。 もっとも悲観的にみて起こりうる、どん底の状態をみんなに教えてよ。それがわかれば国民だって覚悟と目標が持てるじゃないの。今の元気のなさとか閉塞感って先が見えないからなんですよ。暗くたって現実を受け入れるしかないじゃないですか。どん底に行けばもう後は上がるだけなんだから。私は戦争なんて全然知らないけど、日本人は太平洋戦争直後は世界の最貧国として出発してたかだか数十年で経済大国にのし上がった国民じゃないの、それくらいの知恵と、バイタリティーと体力くらいあるっ
て。
実は、あまり理想的な形ではないけれど、今の日本人、底を見るって大切かもしれないと思うんです。自分も含めて。それによって家族の絆とか、ものの大切さとか、社会への無関心さとか、忘れていた大切なものを取り戻せるきっかけになるかもしれないかな、って思っています。きっとね、核家族が減りますよ。あと、必然的に高齢者だってがんばってもらわなきゃならないですから、まだまだ引退したくない方も貴重な経験と知恵が埋もれずに活かせるかもしれないですよ-。政治家や評論家の方々、どうか日本人を信頼してください。そして本当のことを言いましょう。(匿名)
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