聖域なき議論の必要性
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2001年10月13日
アメリカであのひどいテロ事件が起きて以来、日本は何をするのか、というテーマで書き続けてきました。読者のみなさんから、異論、反論(もちろん賛成論も)、さまざまなご意見をいただきました。ありがとうございます。どのご意見にもいろいろ考えさせられるポイントがあります。
どの意見が正しいのかは、時間がたたなければわからないでしょう。時間がたってもわからないかもしれません。しかしどの意見も、めざすところは同じです。われわれ人類が平和で豊かな生活を送るためにはどうしたらいいか、ということです。
その目的のために、今回のテロに対して日本が何をするべきなのか、という議論であるわけです。テロは犯罪です。いかに理由があろうとも犯罪であることに変わりはありません。よく個人が人を殺せば犯罪で、国家が人を殺しても犯罪ではない、ということが言われますが、これは違うでしょう。たとえ国家であっても法に基づかずに人を殺せば立派な犯罪になります。戦争の場合は別ですが、これも本来、法に基づいた行動でなければなりません。
ただテロは犯罪といっても、やり方によっては共感を呼ぶことができます。昔でいえば、飛行機をハイジャックして乗客、乗員を解放し、その後に機体を爆破するというようなテロが横行したことがあります。これはアラブの過激派が、パレスチナ問題を世界の世論に訴える行動でした。以前にテロにも大義があると書いたのはこのことです。
しかし今回のテロはいけません。たとえどのような大義があり、アメリカの資本主義あるいはグローバリズムに打撃を与えるためであっても、普通の市民を6000人も殺しては絶対に共感を呼ぶことができないからです。イスラム過激派はアメリカを憎んでいますが、このテロで全世界から憎まれてしまいました。
さて日本ですが、来週末までに自衛隊を派遣するための新しい法律の審議が進んでいます。現行憲法の範囲内でかつ自衛隊の行動範囲を広げる法律です。「目に見える貢献」という言葉がしきりに言われますが、別に軍を派遣することだけがテロとの戦いであるわけではありません。
ブッシュ米大統領がしきりに言うように、このテロとの戦いは「長い多方面にわたる戦い」になります。テロ組織アルカイダは世界68カ国にネットワークをもつといわれているし、その資金ルートも多様です。彼らを国内において利用している国もいくつかあります。これを根絶するには当然、軍事力だけではなく、経済援助も必要でしょうし、各国警察の協力も必要です。
そういったことに日本がどれほど主体的に動くか、それが問われています。つまり日本政府が、自分たちの国民の利益を守り、そして国の安全をどう維持するかの資質を問われているのです。一言で言えば、どこまで当事者能力があるか、です。
日本はこれまで国の安全に関しては「他人任せ」でした。そこにはいろいろな理由がありますが、もうそろそろ自分で考え、自分で行動する国になる必要があるのかもしれません。それが「いつか来た道」にならないようにわれわれも議論を尽くさなければならないでしょう。そしてその議論に聖域はありません。「憲法9条があるから」という議論ではなく「憲法9条は必要なのか」をもう一度確認しなければならないのです。絶対平和主義や単なるタカ派の議論を超えた議論、それこそが今のわれわれに必要なことではないでしょうか。