わかってますか? 小泉さん
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年3月8日
先日、小泉純一郎首相が「世論を見ていると政治を誤ることもある」と発言して、物議を醸しました。民主主義政治というものは、基本的に世論を背景としているものです。だから、どの国の政治家でも世論の動向を気にするし、支持率の推移はその政権の政治力を測る目安になっているわけです。
もちろん世論というものが、いつも正しいとは限りません。国民が感情に流れることもあるでしょうし、あるいは誰かに扇動されているということもあるでしょう。歴史上そういった例はたくさんあります。それでも民主主義なのだから、それを政治指導者が「無視」するというのは自殺行為としか言いようがありません。
世論と政治家の駆け引き
実際、小泉総理も初めは世論の力を借りていたのではないでしょうか。極端に高い支持率を後ろ盾に、「自民党をぶっ壊す」と宣言したのではなかったでしょうか。支持率が40%前後に低迷しはじめてから、小泉さんの影響力はめっきり衰えてきたようにも見えます。
国の指導者として、世論がまちがっていると思うことはよくあるのでしょう。自民党などが何かと言うとマスコミに文句をつけるのはその例です。典型的には「増税問題」が挙げられます。国民は大多数が増税に反対です。しかし、国の財政状況を考えれば増税せざるを得ない場合があります。もし世論の言うことだけを聞いていれば、増税のタイミングを失して、結果的にとんでもないツケを後世に残してしまうかもしれません。現在の日本がツケの回ってきた状況です。
その場合、政治家は何をすべきなのでしょうか。世論を無視するのは「愚策」でしかありません。政治家は世論を説得しなければならないのです。そして説得できたと思えば、場合によっては議会を解散して世論に問えばいいのです。説得できなければあきらめるしかありません。政権の座を降りるか、政策を放棄するしかないのです。
小泉発言はイラク攻撃をめぐって行われたものですが、ここでの問題点はなぜ日本がアメリカを支持するのかという「説得」がなされていないことです。ここでアメリカを支持しなければ、やがて大きな問題になる北朝鮮の核開発(というより「核武装」)問題で、アメリカの支持を得られないのではないかとか、日米同盟は世界の世論を敵に回しても重要であるとか、とにかく小泉さんが考え得る限りの言葉を尽くして世論を説得すべきであると思います。
国民の説得に失敗したとき
それでダメなら、政権を降りざるをえません。政治指導者はそれだけの覚悟が必要でしょう。「国益」というならば、なぜイラク攻撃を支持することが日本の国益になるのかをていねいに説明しなければならないのに、川口外務大臣の言葉を聞いても、福田官房長官の言葉を聞いても、そして小泉首相の言葉を聞いてもわからない、というのが率直なところではないでしょうか。
政治では、わかりやすさというのも重要です。小泉さんの当初の人気も、あの森前首相と比べてわかりやすい言葉と言うのが大きな役割を果たしていました。この人なら、国民を引っ張ってくれるのではないか、という期待感が募ったのはその言葉の力でした。ところが、支持率が落ちるにつれ、そして、外交問題のようなあちこちの国に気を使わなければならない問題が起こるにつれ、どんどんそのわかりやすさがなくなっているような気がします。
国民に説明しないというのは、大衆は愚かであると考えているからでしょうか? そう言いながら、高潔であるべき政治家がヤミ献金を受け取って、国会開会中であるにもかかわらず逮捕されるというような事件が起きると、あきれ果ててものも言えません。政治家の人たちに申し上げます。あなた方は、国の行く末を真剣に考えてもらうことを国民が負託した人なのです。その人たちが、自分を選んだ人々に政策を説明できず、それを世論が間違っていると言い切るのなら、それは職務怠慢であり、即刻辞表を出してもらいたい。そうじゃありませんか、小泉さん。