意のままにならない
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年4月5日
米軍がバクダッドに迫っています。「空港を確保した」という米軍側の発表に、イラク側は「それはうそ」と反論するなど、相変わらず事実がどこにあるのかよくわからない状況が続いています。それにしても、米軍も認めるように、これからこの第ニ次湾岸戦争で最も厳しい戦いが展開されることになるでしょう。
米軍の誤算
ここまでの戦争が「計画どおり」であるかどうかは別にして、米軍にとってはすでに大きな誤算がいくつかありました。そのうち最も大きな誤算は、イラク軍やサダム殉教者軍団と呼ばれる民兵の抵抗によって補給線の確保が大変になっていること。さらに、イラク市民が歓迎してくれるという楽観的な読みが崩れていることです。
このような状況であると、バクダッドでの市街戦で相当の犠牲を強いられることは必至です。「サダム・フセインを倒すこと」が至上命題である以上、首都・バクダッドへの侵攻は避けられません。共和国防衛隊と呼ばれるエリート師団が崩壊し、イラク軍内部で反乱が起こり、フセイン大統領が暗殺されるといったシナリオもあり得るのですが、そうなる可能性が大きいとは今の段階で言えないからです。
誤算という常識
今回もそうですが、戦争では思わぬことが起こるのが「常識」です。相手が思わぬ動きをすることもあるし、あるいは敵方の思わぬ反応を引き起こすこともあります。たとえば今回では、軍事施設や軍への大量の爆撃によって、戦意をくじくという米軍側の思惑がありました。しかしそれが思ったほど効果を上げていないことも明らかになっています。最初のころはイラク軍兵士が大量に投降する場面もありましたが、それだけでは十分ではありません。
第ニ次世界大戦で、日本軍がハワイ真珠湾に奇襲攻撃をかけたのは、太平洋艦隊に大打撃を与えることでアメリカをひるませるという狙いがあったからでした。しかし、結果的には、むしろ「卑怯な日本」というイメージが生まれ、アメリカは対日宣戦布告をし、それこそ猛反撃を受けました。ベトナム戦争ではどうだったでしょうか。共産主義の脅威に対抗するというアメリカの戦略は、自由主義社会からも支持されず、結局アメリカは孤立した戦いを強いられて最後は撤退を余儀なくされました。
ブッシュの誤算、フセインの誤算、そして……
平和と繁栄をもたらすためと称する戦争が、少なくとも短期的には経済の混乱と疲弊をもたらし、それを指揮した指導者が結局は権力の座から引きずり下ろされる例は枚挙にいとまがないほどです。どのような指導者でも負ける戦はしたくないはずですが、結果的に必ず負ける側が出ます。勝った側も必ずしも思惑どおりにはなりません。その好例は「前」ブッシュ大統領です。湾岸戦争に大勝したにもかかわらず、景気の悪化によって1992年に民主党のクリントンに負けてしまいました。来年はアメリカも大統領選挙ですから、「ブッシュ・ジュニア」も必死でしょう。もしこれで景気が悪くなると、父親と並んで「戦争に勝って選挙に負けた」大統領になってしまうかもしれません。
誤算ということで言えば、イラクのフセイン大統領も同様でしょう。当初は国連決議に沿う発言を繰り返し、国際世論の分裂を図りました。フランス、ドイツ、ロシア、中国といった大国がアメリカに反対し、フセイン大統領の戦略は奏功したかに見えましたが、現在の段階では、ロシアのプーチン大統領の発言に見られるように「アメリカが負けるのは望ましくない。フセインがいなくなってほしい」と露骨に戦後をにらんだ発言が増えています。結局は自分が世界の厄介者であるという事実を突きつけられてしまったのです。
戦争に関して確実に言えることは「それでも戦争はなくならない」ということだけかもしれません。なぜなら、現実を冷静に分析し、損得のソロバンをきちんとはじける指導者ばかりではないからです。われわれ日本人のすぐそばにも、そんな国があります。冷静に交渉できない相手が危険な兵器を持っているとき、いったいどうすればいいのか、それこそ誰にもわからない問題なのです。
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