羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2004年1月24日
アメリカの狂牛病騒ぎ(最近のメディアではBSE、いわゆる狂牛病、というのが慣わしですが、これは一種の監督当局に対する自主規制であると考えるので、私は狂牛病と書きます)で、日本の農水省はまことに速い対応をしました。アメリカからの輸入を全面禁止したのです。日本で狂牛病が発見される前、あるいはその後のモタモタぶりと比べると驚くほどのスピード感です。
外国に厳しく、国内に甘い農水省
農水省という役所は昔から、身内には甘いけど、外国に対してはものすごく厳格な措置をすることで知られています。もともと牛肉など輸入したくないのですから、それを止めることに何のためらいもない、と言いきってしまっては怒られるでしょうか。全頭検査をアメリカに要求して「非科学的である」と突っぱねられても、一向に引く気配を見せません。日本国民の健康という大義名分があるから強気です。鳥インフルエンザが人に感染したことがわかる前の段階でタイからの鶏肉の輸入も止めました。まだ確認されたわけではないのに、これまたあまりにも早手回しの措置を取りました。
その一方で、京都では半年前の鶏卵を出荷するという前代未聞の事件が起きました。ところが、この業者を罰する法律もないし、卵の賞味期限などをどう表示するかという法律もないんだそうです。いったいこれはどういうことなのでしょうか。やっぱり身内に甘いんじゃないの、と嫌味の一つも言いたくなりませんか。もちろん農水省にすれば、そんな言い方をされるのは心外極まりないことでしょう。狂牛病の大失敗を教訓にして、国民から行政の怠慢というお叱りを受けないように懸命に努力していると反論を受けるかもしれません。
国民の食を考えない農水省
ただそれでも、アメリカの狂牛病騒ぎの中で農水省が国民の食を真剣に考えていないようにやはり見えます。それはアメリカからの輸入が止まると、とたんに牛丼屋さんが困っていることに表れています。彼らが安い牛丼を提供できるのはアメリカからの安い牛肉を使っているからでした。もちろん在庫をそれほどいっぱい持っているはずもなく、輸入停止はたちまち彼らの商売に影響しているわけです。少し大きな話になりますが、日本の安全保障論には当然食糧問題も含まれます。いま日本はカロリーベースで見ると自給率約4割(同じ島国であるイギリスが約7割)で先進国中でも極端に低いのです。
農水省が守るもの
国内で生産すればいいのですが、国内産は高いというのが常識。コメが国際相場の約8倍であるように、牛肉にせよ何にせよ国産品だと高くて仕方がないのです。そうすると輸入が増えます。中国産のネギやシイタケの輸入を制限したことがありましたね。いつのまにか野菜も輸入品が増えていたことに気づいて、びっくりしたものでした。農水省の基本は、国内産を何とか安くしようとするものではなく、基本的には輸入を制限して農家の収入を保証しようとするものでした(その典型はコメ農家です)。もちろん労働に見合う収入が得られることは継続的な農業のために重要なことですが、「高いのが当たり前」ではないのです。
つまり農業の構造をできるだけ現代に合わせられるように努力する、そういう方向に指導するのが農水省であるはずなのですが、あのお役所はそういった発想は非常に弱いのです。お役所だけの問題ではなく、むしろお役所にくちばしをはさむ農水族議員の問題かもしれません。既得権益を守ろうとする人がいれば、構造改革はなかなか進まないものです。食の安全という美名に隠れて、いま農水省が再び「輸入品いじめ」に走らないようしっかりと見つめていきたいと思います。