連載を終えるにあたって(2003年8月7日)
出張勝也(でばり・かつや)
株式会社オデッセイ コミュニケーションズ代表取締役社長
このコーナーで稚拙な文章を出させていただくのも、早いもので30回目になります。英語に関するエッセイであるはずなのに、途中からあまり英語に触れないことが多くなったように思います。編集部のみなさん、それから英語の学習法を期待していた読者のみなさん、約束違反になってしまいごめんなさい! それでは、最後になりますので、好き勝手なことをいくつか書かせてください。
挫折したピアノ
「英語ができるようになりたい」というのは結構なことです。僕も、ピアノができるようになりたいと思っています。実は昔、うん十万円の電子ピアノを買いました。でも、今では、居間でほこりをかぶっています。チケット制の英会話スクールで何十万円も前払いしながら結局挫折した人の話を聞くと、自分のピアノのことを思い出します。
英会話スクールの広告
日本で最大の規模を誇る英会話スクールは、この10年間、話題になるテレビ広告を提供し続けてきました。僕は、これらの広告を見ていると、会社側はお客さんに真摯(しんし)な姿勢で向き合っていない、という印象を受けます。でも、もともと真剣に英語を勉強したいという人は、そこには行かないのかもしれません。だから会社側も、そんな人には来てもらわないように、あのような広告を作り続けているのでしょうか?
失われつつある漢字と、記号としてのアルファベット
多くの日本人が「都市」で暮らす時代になり、神棚や仏壇がある家(あるいはマンション)が少なくなっています。これらは目に見えるところの変化ですが、僕たちの生活からは、急速に日本的なモノや言葉が消え失せています。漢字もそのひとつです。漢字は意味を持っていますが、アルファベットは意味を持っていません。僕らにとって、アルファベットは所詮「記号」でしかありません。漢字を排除していくと同時に、僕らの社会は、生きていく「意味」をも排除しているのではないかと思うことがあります。
アルファベットが「記号」でしかないことの例。この前、stey goldと書かれたTシャツを着ている若者を見かけました。きっと、テレビ広告のstay goldのつもりなのでしょうが、間違いにまったく気付いていないようでした。でも、この手の話は、戦後もずっと日本にはありました。
教室でできる実践的な英会話
海外旅行や国際電話の料金が高かった時代には、修学旅行にアメリカやイギリスに行くことや、教室から直接海外に電話をするなんてことは、考えられませんでした。でも、今の時代、実践的な英会話のデモをしようと思ったら、教室からインターネット電話を使って、アメリカの会社や個人宅に電話をしてみるなんてこともできます。そうなると、先生もうかうかしていられませんね。
決して「ペラペラ」の人たちばかりではない
僕の会社で行っているDIRECT ENGLISHでは、毎月DE Forumという講演会を開いています。ネイティブの方、あるいは英語を使って仕事をしている日本人の方がゲストです。読者のみなさん、是非一度お越しください。英語を使いながらきちんとした仕事をしている、いわゆる「国際派」の方々も、決して「ペラペラ」の人たちばかりではありません。「この程度でいいのか!?」というような人がいるかもしれません。でも、その程度でいいのかもしれませんよ。いつまでも「英語ペラペラ」の人の話をありがたく聞いている時代でもないですし。
30回にもわたって気ままに文章を書かせていただきました。関係者のみなさま、読者のみなさまには、心からお礼を申し上げます。