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ハーモニーインタビュー

ピアニスト マキシムさん


ピアノが唯一の生きる支え、一筋の希望の光でした

【写真】マキシム戦争という苛酷な状況の中、10代だった僕は音楽学校の地下室でひたすらピアノを弾き続けていました。それは、音楽が唯一の生きる支えであり、そこに生きる意味を見い出したからです。ピアノがあったからこそ、戦争という運命に負けないでもっと強い人間になろう、素晴らしいピアニストになろうという希望を持ち続けることができた。もしピアノがなかったら僕はどうなっていたか、想像すらできません。

戦争がもっとも厳しい時期、18歳の頃です。僕は、「クロアチアの首都ザグレブで開催される国際ピアノコンクールに参加する」という明確な目的を持っていました。音楽学校は戦争で閉鎖されていましたが、教授がずっと個人レッスンをしてくれて。毎日7、8時間は練習をしていましたね。寝る時間以外、食べることも忘れて1日中弾いていたこともあります。

音楽学校の地下で練習していると、すぐ近所が爆撃されて天井の一部が落ちてきたこともありました。生命が危険に曝される状況で恐怖も感じましたが、できるだけピアノに集中して他のことは感じないようにシャットアウトしていたんです。その頃いつも演奏していた曲は、今でもはっきり覚えています。ブラームスのラプソディー、ショパンの幻想曲などです。

目標としていたザグレブの国際ピアノコンクールでは、優勝をすることができました。1993年のことです。そのとき僕は、ピアノによって戦争という苦境に勝つことができた!と思った。忘れることはありません。



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