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今週のテーマ
会議番号:2673
山間の限界集落、公共事業は無駄だと思いますか?
投票結果
30
70
136票
317票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2009年03月16日より
2009年03月20日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
室崎益輝 関西学院大学・教授
山間部の限界集落の居住者が、交通などが不便であっても、また危険な地形であっても、そこに住み続けようと……
議長コメントを全文読む
2日目までに届いている投稿から...
システム上の問題 (らは・東京都・パートナー有・32歳)
個人の居住の自由、は認められてしかるべきであるが、少子高齢化の日本という国において、財源上・環境保全上のシステムとして成り立たない、と思う。医療資源も減少すると私自身は予測している。雑誌で「ヨーロッパは民家は集中して存在しており民家がないところは農地のみで電気も通ってない」というのを読んでから、そう思うようになりました。震災後の復興ということを考えた時、森林(環境保全)のための投資は賛成です。
非情かも知れませんが (ま・東京都・パートナー無・44歳)
生まれた土地や住み慣れた場所で暮らしたいという心情を否定する気はありません。ただ、現在のように国や地方自治体の財政状況が悪化している状態で、かなり少数の人達のためだけに税金を投入して公共事業を行うことが望ましいとは思えません。特に、限界集落でなくても地域によっては医療機関や人材が充実していない現状では、税金のより効果的な使い方を考える必要があると思います。
放っていても駄目でしょうが…… (kimirie・兵庫県・パートナー無・38歳)
過疎地を災害対策として、ただ、表面的に、道路を整備したりするだけでは、正直、税金の大変な無駄遣いだと思います。そうではなく、何か対策をとり、人を集め、きちんと活性化させ、病院や福祉面等も充実させ、人が集まる工夫をした上で、便利になるように、道路を整備したりするなら、そこで初めて、無駄ではなくなると思います。確かに、1人でも、生活している人がいるのなら、不便なままでいいと言い切れる訳ではないですが、角度を変えて考えて欲しいですね!
限界集落を守る意義 (有呼・高知県・パートナー無・30歳)
限界集落は主に中山間が多いと思いますが、そうしたところに集落があり、田畑を耕し、森を守るということがひいては、川や自然を守ることにつながる。平野部の恵みにつながる。集落を守ること。人がそこに住むことで、環境保全にもつながる。有る程度、公共工事などで生活の基盤を作ることは、限界集落を守るうえでも重要な視点と考える。高知県でも同じような問題を抱えているので……
山が荒れると海が荒れる (しまうまぴょん・京都府・パートナー有・41歳)
豊かな漁場を確保するためには、山の手入れが非常に大切、と聞きました。山が荒れると充分な栄養分が川下に流れなくなり、プランクトンの発生に悪影響を及ぼすそうです。豊かな海と豊かな山はワンセット、自然はつながっているんですね。多くの水産資源を消費する日本ですから、山の管理もきっちりと行っていく必要があると思います。
絶好の避暑地 (くみお・岡山県・パートナー有・40歳)
真夏の暑いさなか、1時間弱北へドライブすると冷たい水が流れるきれいな川があり、日陰でお弁当を食べたり子どもと川遊びを楽しんだりすることがあります。わざわざ作った施設ではないので誰かにお金を払うこともありませんが、天然の遊び場には、近所のどろどろした川にはいない生き物がたくさんいます。川辺の草刈がしてあったり、畔道が歩けたりするのは、そこで農業を営み生活をしている人々がいるからです。住んでいて下さってありがとう、といつも思います。
人間の財産 (ポーチュラカ・福島県・パートナー無・41歳)
私は中途半端な田舎に住んでいるので、山間部、限界集落の良い所と聞かれても、はっきりとは答えられません。ですが、旅などで訪れた小さな村などは、土着的な文化が細々と受け継がれ、独特の世界を作っています。難と言っても、住む人が地元に誇りを持っています。それこそ人間の財産ではないかと思うのです。
気持ちと理性のバランスを (pompoko・パートナー無・29歳)
復興支援の不備を挙げて行政を非難することは簡単ですが、それなら全側面で十分な支援ができるだけの費用を負担する覚悟が要ります。やはり優先順位は必要で、災害後の危険で非効率な環境で他事業を行うより、住民の自助努力や他のNGOやボランティアによる支援を支える基礎インフラの整備を優先するのは、行政の選択として一つの合理性があると私は思います。一方で、受益者の人数のみ着目して無駄を論じるのも極論に見えます。放っておいたら誰もしない仕事を担うのが行政と考えます。
ハード・ソフトの両面で (yumana・福岡県・パートナー有・42歳)
限界集落を守る必要性はやはり「ある」と思います。少ない人数の地域の整備をしないとなるとどんどん地域格差が広がり、極論を言えば、首都圏にしか人が住まない(住めない)という事態に陥るのではないでしょうか。災害復旧等で国交省が予算獲得するとハード面の整備で終始することが多いため、省庁の縦割り行政をやめて「中山間地支援」という大きな目標の中で、ハードにもソフトにも使えるお金として、国家予算をたてるわけにはいかないものかと思います。
3日目の円卓会議の議論は...
山の暮らしは、国土の治山治水をはかる役目を果たしている
山間部の限界集落の居住者が、交通などが不便であっても、また危険な地形であっても、そこに住み続けようとするのは、自然と共生したかけがえの無い暮らしがそこにあるからです。ただ、社会全体に多大な負担をかけてまで、個人的な郷愁や価値観だけで住み続けるというのであれば、それはエゴといわれても仕方がありません。しかし、その自然共生的な生き方、自立完結的な暮らし方は、これからの地球環境や自立経済のあり方を考えていく時に、模範とすべき内容を多く含んでいます。その意味では、そこに住む人々だけの問題としてではなく、社会全体にかかわる問題として捉えなければなりません。
なかでも、
多くの限界集落や山間集落が、日本全体の防災に果たしている役割は、極めて重要なもの
です。「山を守ることは海を守ること」というご指摘がありましたが、まさにその通りです。林業などの山の暮らしは、そこに住む人々の生計を支えるだけではなく、豊かな木造文化や伝統文化を育てるとともに、国土の治山治水をはかる役目を果たしてきました。
最近、山腹崩壊、河川氾濫、山火事といった災害が増えています。その最大の理由は、山が荒れているから
です。山が荒れているのは、山を守る集落、山を守る人々が少なくなっているからです。
防災面だけではなく、美味しい食糧や貴重な資源を提供する、そしてなによりも日本の原風景ともいうべき美しい自然景観を、私たちに提供しているという役割も無視できません。つまり、山間集落や限界集落はそれを維持すべき、確かな公共性を持っているのです。だからこそ、社会全体でそれを守っていく方途を考えなければならないのです。
とはいえ、無尽蔵に財源をつぎ込んで巨大な土木工事をすることが、山間集落を守ることの唯一の選択肢かというと、必ずしもそうではありません。
そこで明日は、山間部における公共事業のあり方について考えてみようと思います。山間集落や限界集落の公共事業のあり方についてのご意見をお寄せください。
室崎益輝
関西学院大学・教授
「「道路特定財源」見直しとは」
ニュース@>池上彰の『解決!ニュースのギモン』
「道路特定財源、道路以外にも使ってほしいですか?」
国の道路特定財源は、道路建設に使っても余る状態が続いています
「暫定税率の復活に賛成ですか?」
2008年3月末、ガソリン税が期限切れになり……
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