自信を喪失した日本人
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年8月23日
買われる日本企業
ボーダーフォンの子会社日本テレコムがリップルウッドに売却されることになりました。日本の会社が外資に買収されて、さらに外資に売却されるということで、その記者会見に居並ぶ両者の幹部はすべて「外人」。時代が変わったことを改めて認識させられたものです。さらに時代の変化を感じさせたのは、中国企業が日本の会社を買収するという話です。日本企業が中国に進出して事業をするという話には慣れっこになっていたわたしたちは、中国企業が日本企業を買収するという話には仰天させられます。
ずいぶん昔のことになりますが、日本の会社がアメリカの企業を次々と買収して話題になったことがあります。ソニーがコロンビア映画を買収したり、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを買収したり、ある日本の会社がぺブルビーチの有名ゴルフ場を買収したりと、日本の資本による「侵略」と報道されたものでした。日本はバブルのまっ盛り。東京の一部の土地とアメリカのカリフォルニア州全体が同じ「価値」であると言われて、これも何となくわたしたち日本人の自尊心をくすぐったものです。
近頃は、日本企業が買われる話ばかり。たとえばリップルウッドなどは、日本長期信用銀行を皮切りに、宮崎県のシーガイアなども買収して、日本で最も活躍する再建ファンドになっています。再建ファンドとは、不振企業を再建して再上場するなり、あるいは他社に売却するなりしてもうけるファンドのことです。経営のプロを雇い入れ、その会社の強みを最大限に生かすことができれば、たいていの企業は再建できる可能性があるということです。
こういったファンドが日本に進出してきたとき、どちらかといえば反発する空気が強かったものです。本家のアメリカでも、ハゲタカファンドなどと呼ばれたこともあります。不振企業を安く買って、極端な事業整理をやって他社に売却するという強引な手法からそう呼ばれたのです。もちろんこういったやり方はアメリカでも批判されることが多く、今はきちんと再建する手法が主流です。
日本人の鎖国根性
ここで疑問が一つ残ります。なぜ日本の再建に乗り出してくるのが、外国のファンドばかりなのでしょうか。日本でもファンドを集めて企業再建をビジネスにすることができるはずです。それに、カネを投資する人もいるはずだし、経営のプロだっているはずです。よその経営に口を出す余裕が今の日本企業にはないのでしょうか。それともお金が集まらないのでしょうか。それとも「経営再建ビジネス」という新しいビジネスについては、日本人では信用がないのでしょうか。
僕は、どうも日本の社会にそういった新しいビジネスを受け入れない土壌があるような気がしてなりません。新しいものに対する警戒感が根強いように思います。しかし明治以降は新しいものを受け入れることに必死だったはずなのに、どうしてでしょうか。日本の一人当たりGDP(国内総生産)がアメリカを抜いたあたりから、日本人がごう慢になって西欧諸国に学ぶことはなくなったと考える人が増えて、謙虚さを失い、おかしくなったのかもしれません。しかもバブルがはじけて10年以上にわたる経済の停滞を経験し、ごう慢の裏返しの自信喪失に陥ったといっては言い過ぎでしょうか。
ナショナリズムを超えて
この自信喪失がもう一度ひっくり返ると、ちょっと偏狭なナショナリズムになりそうな感じです。そうなるといわゆるグローバリズムとは違う方向に動いてしまうのかもしれません。ただ日本の経済は、どう間違っても「自給自足」ではいかないのですから、そのバランスの取り方はむずかしいと思います。いずれにせよ、わたしたち日本人は、傲慢からくる自信過剰とその裏返しである自信喪失から、そろそろ本気で脱却することを考えなければならない時期に来ていると思います。