久米宏の挑戦状
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年8月29日
テレビ朝日『ニュースステーション』の久米宏キャスターが来年で降板することになりました。18年間といいますから、これは相当なものです。久米さんの『ニュースステーション』は一世を風靡した番組ですから、この降板についてはあちらこちらから、さまざまな声が上がっています。きっと国会の先生方の中には「せいせいした」と思っておられる人もたくさんいるんでしょうね。
それはともかく、僕は『ニュースステーション』については鮮烈な印象をもっています。あれはたしか、パナマのノリエガ大統領をアメリカが軍を派遣して逮捕したときのことだったと記憶しています。パナマとはどういう国か簡単に説明した後、スタジオに設置したパナマ運河の模型をつかって、運河の説明を始めたのです。これを見たとき、僕はニュースをわかりやすく解説しようとする姿勢に感動したものでした。
僕自身もニュースにかかわっていただけに、あの姿勢はすばらしいと思いました。ニュースをショー番組にしたという批判を浴びながらも、こうした視聴者へのわかりやすさを追求する姿勢は、テレビだけでなく雑誌や新聞にも大きな影響を与えたのではないでしょうか。『ニュースステーション』はニュース番組のあり方を変え、多くのニュース番組はこれに追随するようになりました。
わかりやすさの落とし穴
久米さんはまるで独り言のようにつぶやくのが得意でした。ちょっと出てしまった一言という体裁で、計算された(つまり視聴者の感情を揺り動かすような)言葉を投げかけることが多かったように思います。番組を持っている人間の強みをいかんなく発揮していたわけです。
そうした一言が自民党の先生方を刺激したことも多いのですが、久米さんが追求した「わかりやすさ」が時としていわゆる庶民感覚に迎合することもあったことは否めません。しかしこのような迎合が、ある意味で最も危険なものになりうるという側面をテレビをはじめとするマスコミ関係者は見逃してはいけないと思います。もちろん視聴者や読者は、情報を発信する側の迎合を鋭く見抜かないといけないとも思います。
『ニュースステーション』の功罪、そしてこれからのニュース番組
日本のニュース番組の大きな流れを作った久米さんは、テレビの一種の天才児でしょう。ショービジネスの世界であればまったく天才でいられた人間を起用したことの「諸刃の剣」が、まさに『ニュースステーション』の功と罪になったように感じられます。
後任の古館さんはどうでしょう? 彼独特の実況中継はエンターテインメントである限り、非常におもしろいものだと思います。しかしニュースはエンターテインメントではないのです。古舘さんがそのあたりをどう切り回すのか、これは実に見ものだと思います。どちらかといえばニュース番組はショーではなく、本来のニュース番組に戻してほしいというのが、僕の本音です。そして、久米さんの降板は「本来のニュース番組」を見て自分の意見を持つことができますか、という問いかけなのかもしれません。
みなさんはいかがですか?