危険なテロの危険な対策
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
最終回 2004年3月27日
スペインの列車爆破テロは、世界に大きな衝撃を与えました。そしてイラク攻撃に反対していた野党・社会労働党が選挙に勝ちました。米英に積極的に協力していたアスナール政権は、選挙戦を有利に進めていたにもかかわらず、列車テロのおかげで一敗地にまみれてしまったのです。
テロの思うツボ
投票日直前という絶妙のタイミングを見計らったテロ組織の思うツボにはまったといっては言い過ぎでしょうか。アスナール首相がアメリカのブッシュ大統領やイギリスのブレア首相を支持したとき、実は国民の90%がイラク攻撃に反対していたのです。それにもかかわらずなぜ今回の選挙で勝つと予想されていたのかといえば、バスク地方の独立を求める国内のテロ組織ETAに対してアスナール政権が強硬姿勢をとっていたからでした。つまりスペイン国民は、国内テロ組織はつぶしてほしいが、国際テロ組織に関しては自分たちがリスクを背負いたくなかったということになります。
もっとも感情的にはこうした選択も理解できないわけではありません。他人の家の厄介ごとをわざわざ背負い込みたがる人は、よほどのお節介でもない限り、いないでしょう。そしてわが日本。テロ組織アルカイダがアメリカ、イギリスに協力する国として攻撃の対象にすると「宣言」しています。これを受けて、在外公館などは厳戒体制をとっていますし、国内も警戒レベルを上げています。鉄道などからまたゴミ箱が消えているのに気づかれたでしょうか。
挙国一致?
先日、ある番組に自民党、民主党の幹部が出ていて、テロ対策について話していました。もちろん両党には意見の相違があるのですが、司会者がこんなことを言ったのです。テロ対策は緊急の課題なんだから、日頃の対立なんか忘れて一致してやらなきゃだめじゃないか……。これを聞いてわたしはびっくりしました。司会者がそこまで踏み込んだことを言ったからではありません。
いかにも「挙国一致」というように聞こえたからです。「緊急だから挙国一致」なんていつか見たような光景ではないでしょうか。もちろんテロ対策は重要な課題です。だからといって、意見を戦わせてなんかいないで、さっさと法律をつくれというのも乱暴な話です。先日の『週刊文春』の話で、プライバシーを守るという大義名分のもと、サッサと発行停止を決めたのにも似ています。
よしんば戦争のときでも、国内で反対論を圧殺するようなことをしてはならないのでしょう。あの9.11テロの後、アメリカには急速に愛国主義があふれました。その当時の社会の雰囲気は危険なものでした。アフガニスタン攻撃やイラク攻撃反対を言う人々は実際に身をすくめていたものです。空港では小銃を肩から下げた兵士による厳しい身体検査が行われました。そして社会の安全を守るという理由のもとに、FBI(連邦捜査局)による電話の盗聴も簡単にできるようになり、アラブ系であるというだけの理由で尋問されたり、拘束されたりもしたのです。
今一度確かめること
テロ攻撃を受けるリスクと、民主的で自由な社会を維持することを、どのようにてんびんにかけるかをしっかり議論しないといけないと、わたしは思うのです。あれだけアメリカの「拙速」ぶりを批判した日本のマスコミ人が、自分たちの身の回りに危険が及んでくると、それを忘れたように「挙国一致」などと言ったりするのを見ると、ちょっと怖い気がします。いろいろな考え方、それがあることが民主主義社会の基本である、ということをもう一度ここで確認しておきたい、そんな気がするこのごろです。
ごあいさつ
今回をもちまして「私の視点」は終了させていただきます。3年にわたって読んでいただきましたイー・ウーマンに参加されるみなさまにお礼を申し上げます。みなさまからときには暖かい励まし、ときには厳しいご批判をいただきました。そういったご意見が、コラム執筆のエネルギーになりました。それがなければこんなに長く続けることは不可能だったと思います。またどこかでみなさまとお目にかかれることを心より願いつつ、あらためてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。(藤田正美)