ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第107回 毛利 子来さん

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毛利 子来さん
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一番大きいのは、おばあちゃんですね。
- 佐々木
最後に、先生ご自身のことをお伺いしたいんですけど、先生は、小さくしてご両親が亡くなられて、おじいちゃんおばあちゃん、そしてお姉さんと生活されていたと書いてあったんですけれども、今のような先生のお考えに至るのは、人生体験のなかで、どういう影響があったんでしょう?
- 毛利
一番大きいのは、おばあちゃんですね。これは、母方のおばあちゃんです。韓国映画で、「おばあちゃんの家」っていうのがあったんですが、ご覧になってないかな?
すごい映画で、僕とまるっきり同じ境遇の少年が、おばあちゃんに育てられる映画ですけど、そのおばあちゃんが一言も叱らない。こうしなさい、とも言わない。ただ黙々と働いて、育ててくれているんですね。そうすると、その子が、怒られないから、わがまま放題でいるんだけど、段々おばあちゃんを好きになってね。一生懸命、飯を作ってくれたり、世話をしてくれるの。
で、ある時、おばあちゃんが野良仕事に出ているときにザーッと大雨が来た。そうしたら庭に、物干し竿に洗濯物が干してある。そうすると、取り入れるんですね、その子どもが。それまでは、そんなものは知らないでいたんだけど、取り込んだ。
それから、おばあちゃんが針仕事をするときに、針に糸がなかなか通らない。それを見て、「おばあちゃん、貸しな」って言って、通してやる。段々、おばあちゃんと仲良くするようになるんですね。
それで、言わなくても、おばあちゃんの言うことを聞いて、面倒を見るように、しかも手伝いもしてくれるようになるっていうような映画で、恐縮ですけど、そういうところが僕のばあさんにもありまして、それが一番でしたね。
だから、うるさく言うよりも、自分自身がちゃんと生きていれば、子どもには影響がありうるなっていうのが1つありました。
それから2番目には、金がなかったのが良かったですね。金がなくて、世間的には親がないから不幸ですけれども、そのおばあさんも、空襲で大火傷で、仕事ができなくなっちゃったんです。だからもう中学校から家計を支える、生計を立てる仕事をして。だから、これは差別用語になるけど、沖仲仕とか、ニコヨンとか、機関車の缶焚きとか、下層労働ばっかりやってたんですよ。
そうすると、下層労働者、たとえば日雇い労務者なんて、えげつないもんですよ。昼休みなんて、地べたに座りこんで汚い弁当を食いながら、娘さんが通ると、「よう、姉ちゃん、いい尻しとるのう」なんて、からかうんですよ。その連中は、きれい事を言わないですよ。逆に、りゅうとした紳士が、そっとお尻を触ったりするんですよ、電車の中で、知られないように(笑)。
そう言うのを見ていて、人間、正直というか、女をからかったり、ちょっと仕事をごまかしてサボったりする連中の人間味に、僕は惚れましたね。「おい、お前、これ、やらあ」なんて、汚い弁当をくれるんですけど、その気持ちが非常に優しいんですね。そういうのに一番影響を受けたんですね。
あとは、やっぱり肉体労働の辛さ。子どもは非常に差別を受けますから、中学生ぐらいの年だと、同じ労働をやっても給料が少ないんですね。そういうのを非常に残念に思って、そんなことが積み重なったのが、医者になるのに非常に役に立ったと思っています。
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