ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第32回 北澤きよみさん

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フィオレッラ・デル・コンテ(メッゾ・ソプラノ、コントラルト)
北澤きよみさん
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もっと欲しがれ
- 佐々木
ところでイタリアにお住まいになってもう23年? ずいぶん世相も変わりましたでしょ?
- 北澤
本当、すっかり変わりましたよねえ。わたしが初めて行ったころは、日本から行く人も少なかったので、住んでいる人も少なかった。あまり少ないから、お正月は日本大使館から呼ばれて、みんなで餅つき大会をやろうかという時代でした。でも今は日本人の留学生も増えてきました。
ただ、昔に比べて特別な個性を持った人が少ないような気がします。たぶん、今の日本に物がありすぎるからだと思うんです。自分が「欲しい」という気持ちがなくても、すぐ手に届くところにある。これが自分の欲望を弱くさせて、自分の活力を出せなくさせているのではないでしょうか。
- 佐々木
欲しがる気持ちが弱いってことですね。それ、本当に大切だと思います。どんな仕事をするのでも、どんな勉強をするのでも、情熱を持って取り組むことが、一番大切な基礎条件だと思うんです。
- 北澤
そうでしょう! わたしたちの時代は、イタリア留学中は、安いアパートを借りて質素な食事をして、すべてのお金を音楽の授業料やスカラ座で本物に触れることに費やした。それにはお金を惜しまなかった。先生たちから学ぶことをとにかく第一優先で欲しがりました。でも今の留学生は、違う。最高級の車に乗り、ブランド品を買い、素敵なアパートに住み、音楽の授業は二の次なんて人も多い。なんか、欲望をかき立てるものがないっていうんでしょうか。欲が「別の場所」にあるのかな。
- 佐々木
でも、その人たちも、試験に通って入学しているんですよね? それに勉強しなければ、卒業証書がもらえないでしょう?
- 北澤
はい。国立ミラノヴェルディ音楽院では、試験に合格しなくては入学できませんし、卒業も難しい。でも、ほかに授業料を払えば入学できる音楽院もたくさんあるので、日本人はいいお客さんになってるんです。
ヴェルディでは5年くらい前からは、試験がさらにきびしくなってね、まず第一にイタリア語の試験になりました。その試験が駄目であれば即帰されちゃう。しかも筆記試験じゃなくて、口頭尋問です。
- 佐々木
尋問(笑)。
- 北澤
部屋に入ると面接官が5人くらい並んでいて、受験者はイタリア語で答えなきゃいけないんです。10秒くらい黙ってしまったなら、その時点で終わってしまう。どんなに勉強しても、そこで一瞬パッと忘れると、外国語が出てきませんよね。すごい恐怖!
- 佐々木
でも、その試験の目的はわかる気がします。これから舞台に立つ人なんだから、どんな場面でも対応できないとね。
- 北澤
そうなんです! そう! 舞台に上がる人は何があろうとも、とにかく何かを出さなきゃいけません。質問に答えられなきゃ自分のことを話すとか。世間話でもなんでもいいから。そういうものができないんですよ、ね。特に日本人は、それが苦手みたいです。
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