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今週のテーマ
会議番号:2552
自分の失敗・あやまちを許していますか?
投票結果
74
26
385票
136票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2008年09月29日より
2008年10月03日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
松本侑子 作家・翻訳家/日本ペンクラブ常務理事
とかく私たちは、自分に甘く、他人に厳しくなりがちです。自らの失敗は忘れても、人のあやまちはずっと憶え……
議長コメントを全文読む
2日目までに届いている投稿から...
自分も相手も成長できる許し方 (ぷり-む・神奈川県・パートナー無・43歳)
自身がそそっかしいゆえ失敗が多いのと、人を性善説的に捕らえがちの為か、他人の失敗に関しては概ね「寛容」だと思っています。でもその単純さ故に同じような失敗を何度もこうむる場合も多いのです。それを教訓に「あったことはあった」と失敗に目はつむらず、起きた現実はしっかり見極める様にしようと心がけています。その上で他人のあやまちは「怒りや憎しみ」に変えず、自分の失敗には「自虐的」にならない。心にひっかかりを残さす、サラサラとした川の様な心境で生きたいと思います。
感情と事実を分けてみる (noriari・兵庫県・パートナー有・36歳)
以前は自分の失敗は認めたくなくて、同等に他者にも手厳しく許さずにいました。事実と感情を切り分けて考えることができなかったことがその原因だとわかったときに、とても楽になれました。今は、まず、失敗したことに対するマイナスの感情をちゃんと受け止めたうえで、なぜ失敗したのかを感情を抜きに事実だけ見ることにしています。その結果、マイナスの感情をいつまでも引きずったり、相手に嫌な思いをさせ続けないようになれたと思います。
自分を許す事が他人を許す事に (ゆうたんぽん・岩手県・パートナー無・42歳)
過去の私は自分や他人からの要求する事に”即”応えられない自分を許すことが出来ませんでした。と同時に他人に対しても同じだったと思います。自分を許し、型から解き放したら、他人への要求が軽減した様に思えます。
その時限りなら (ニュー・大阪府パートナー無・)
その時限りの過ちなら、一時のダメージは大きくても許せると思うし許してきたと思います。長期間に渡って被るダメージ、例えばいじめのように人格を否定するものは、許したつもりでも許せていないです。距離をおくことで解決してきましたが、相手が家族の場合は簡単に距離をおくということもできず苦しい思いをしますし、何年もたった後に過去を責めてしまい関係を悪化させてしまうこともあります。
なかなか許せない自分 (meg助・栃木県・パートナー無・36歳)
自分のことはなかなか許すことはできません。他人の方が許せます。でもそれではいつまで経っても自分が苦しいままだし、堂々巡りで先に進めないと思い「済んだことは仕方ない。次に活かそう」と考えるように心掛け、単純にできたできないでなく「その時の状態で最善を目指せたかどうか」を基準に考えることにしています。少しずつですが改善している……と思っています。
許せていません (ナカサワパートナー無・)
「失敗を許す」というと、自分を甘やかすイメージが浮かんだのですが。そうではなく、失敗した自分を認めて、その経験を活かすことを仰っているのでしょうか。私の場合、失敗は「なかった事、思い出したくない事」と封印してしまう事が多く、それから後の経験に活かしきれていないと感じています。
人間関係と仕事 (ニューヨーク・東京都・35歳)
全部は許せていないです。特に人間関係については、あ〜、どうしてあの時ああいうことを……といつまでも引きずる方です。一方、仕事の方は立ち直りが早く、対処方法を考えたり、次回の教訓としているように思います。人間関係の方がやり直しがきかないことが多いからでしょうか。
許していたつもり (sai1019・広島県・パートナー有・29歳)
精神的に状態が良いときは、許せていると思いYesを選ぼうと思いました。しかしよく自分を見つめてみると、自分自身が窮地に陥ったり、ミスをしたときに見えるのは、自分への厳しさであり、ミスを認められない自分であることに気がつきました。自分を探っていくと、他者との関係性のなかでの自分が、相手の評価を気にしていることに重きが置かれていることに気がつきました。これが許せていない原因になっているのだと思います。
3日目の円卓会議の議論は...
他人を許すこと=自分を許すこと
とかく私たちは、自分に甘く、他人に厳しくなりがちです。自らの失敗は忘れても、人のあやまちはずっと憶えている……。
しかし逆に、
自分にも厳しいけれど、他人にも期待値・要求値が高くて、厳しい
人もいます。
私は『赤毛のアン』シリーズを翻訳していますが、
孤児アンを育てる独身女性のマリラが、まさにその代表
でした。
アンを引きとる前のマリラは、厳格で、生真面目で、四角四面を絵に描いたような女性でした。物事の決まり、礼儀、整理整頓、道徳にやかましく、彼女自身も、けじめのある生活と正しい言動を自分に課している代わりに、他人にも、完璧さを求めていました。
そんなマリラが、50代になって初めてアンを育てる経験を通じて、変わっていきます。なぜならアンは、そそっかしい子どもで、失敗・あやまちを連発したのです。
たとえば、ご近所のリンド夫人にむかって癇癪をおこして怒鳴りつけ、教会へ派手な花輪の帽子をかぶって行き、マリラのブローチをなくしたと嘘をつき、親友にお酒を飲ませて泥酔させ、学校で男子を石板で叩き、赤毛を緑色に染め、来客に出すケーキに薬を入れて焼き……。
最初のうちは、マリラは怒って罰を与えていました。ところが次第に、アンの失敗のおかしさに、思わず笑い出すようになります。つまり、他人(アン)の失敗に対して、寛大になり、マリラは厳格な女性から、心のひろい女性へと変化していくのです。
と同時にマリラは、人は誰も失敗をするのだと悟り、自分自身の過去の失敗も許せるようになっていきます。
(ゆうたんぽん)さんの「自分を許すことが他人を許す事に」、これこそ、私がお伝えしたかったこと、
人間という存在への寛容さ
です。他人を許すこと=自分を許すことなのです。
さて、マリラの過去の失敗とは、若い頃に恋人と喧嘩した後、相手が謝ってきたのに意地をはったところ、恋人が去ってしまった別れでした。それをずっと後悔してきたと、独身50代のマリラは、16歳のアンに語ります。(詳しくは第37章「死という命の刈りとり」。この秋のイー・ウーマンユニバーシティ『赤毛のアン』の英語セミナーで精読、解説します)。
では、あなたは、マリラのように、自分の失敗、それによって傷ついた自分を、家族や友人に話せますか。それとも、プライド・羞恥が邪魔して、言えませんか。今日は、自分の失敗・あやまち、その時の苦しみ、その後の後悔を人に話せるか、という観点から、「自分・あやまちの失敗を許していますか? YES/NO」にお答え頂き、ご意見をお寄せ頂きたいと思います。
毎日、深い洞察に満ちたご意見をお送り頂き、とても感謝しています。
松本侑子
作家・翻訳家/日本ペンクラブ常務理事
「ニュースで人の胸の奥底や悲しみは描けないけれど、小説は人の気持ちを描くものだから」
佐々木かをり対談 win-win > 第5回 松本 侑子 さん
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