

代理母の方の人生も左右する(にっしぃ・東京・既婚・29歳)
10ヶ月もの間お腹に赤ちゃんがいるっていうのは、精神的にも体力的にも大変なことです。もちろん、出産も大変な作業。でも、超音波でお腹の赤ちゃんが動いてるのを見た時、お腹の中で動くのを感じた時、元気で産まれた姿を見た時、大変さを忘れてしまいます。産まれた赤ちゃんに対する愛着は大きいと思います。いくら自分も納得して結んだ契約とはいえ、そう簡単に割り切れるものだろうか?と思います。
自分にできないことは賛成できない(ladybird)
代理母になる人は、何をどう考えて出産までを過ごすのだろう。そこにどんな喜びがあったとしても、何を報酬としてもらったとしても、わたしには代理母は無理な気がする。おなかの中に、自分の子ではない命を預かる緊張感に耐えられそうにないから。自分にできないことに、賛成することはできません。
迷うことなく「No」(himiko・未婚・32歳)
妊娠している10ケ月の間に」母性」が育って行くと思うので単純な」借り腹」では済まされないと思う。出産後の母体の精神的なダメージが心配。侵さざるべき「神の領域」というものがあると思う。医学的に可能だからといってなんでもやっていいとは思えない。「かわいそうな患者さんのため」みたいな理由をつけても、それは」医者のおごり」ではないか。100%安全と言えるのか?取り返しのつかない悲惨な失敗が起きないことを祈る。
医療の発達によって、更に辛い思いをしたわたし(でん・既婚・33歳)
わたしは1度目の妊娠が7ヶ月で死産という辛い思いをしました。約1ヶ月半の入院生活の結果でした。その時思ったことは医療の発達がかえって更に辛い思いを続けなければならなかったという事です。無理に7ヶ月まで引っ張ってしまったのかとも思いました。医学が発達していい結果に終わればすばらしい進歩ですが悲しい事情が新たに生まれないともいえないと思います。その為にも自然ななりゆきが一番ではないのでしょうか?
エゴだらけで空恐ろしい(kurikuri・41歳)
母というものに限らず、誰だって、なりたくてもなれないものがある。なんで母だけ大目に見ちゃうワケ?個人のエゴが、もっと別のものにとってのメリット(代理母の場合は、科学者の一番乗りになりたいエゴ)とたまたま一致しているから代理母が実現しちゃったような、空恐ろしさを感じます。命って、そこまで管理されちゃいけないものだよ。絶対に。
倫理が乱れることを懸念(marco・東京都・29歳)
もし自分がと考えたら、わたしは代わりに生んでもらうよりも養子縁組を考えます。なぜなら自分で生む時には、10月10日分の愛情が湧き、我が子という実感が得られるのでしょうが、そうでない場合は後から愛情を注ぐことになるわけですから、結果的には同じなのではないでしょうか。それに、代理母を許容したがために、痛みを伴わない安易な出産が行われ、倫理が乱れることを懸念します。
ウエットな今の日本の社会では反対(けい・既婚・36歳)
子どもが欲しいという欲望をそのような方法で手に入れていいのか、もう少し議論が必要だと思います。子どもはおそらく育ての親が自分の親だということで納得いくと思いますが、自分の命をどのようにとらえるのか、また、産んだ人の気持ちの整理がつけられるかという問題はぬぐえないと思います。
「血」にこだわる点に危惧(ぐっちー・既婚・42歳)
子育て真っ最中のわたしが感じるのは、「自分さえよければいい」「自分の子どもさえよければいい」という感覚が多いことです。もっと子どもを社会で育てる方向にいったらいいなあ、と思っているので、親に育てられなかったこどもたちを引き取るとか、人として求められるほかの方法がたくさんあるんじゃないかなあ。そもそも、子どもは親の持ち物ではないのでは?でも自分の遺伝子を残したいのは本能?

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