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2003/5/19(月) - 2003/5/23(金)
5日め

テーマ裁判員制度で司法との距離は縮まる?

今日のポイント

まだまだ制度創造過程にあります。今後も注目してみてください。

投票結果 現在の投票結果 y53 n47 これまでの投票結果の推移
凡例
キャスター
窪木登志子
窪木登志子 弁護士

裁判員制度は、平成16年度の立法に向けて、人数、裁判官との比較、対象事件、証拠調べの方法など、その内容を論議している最中です。裁判員制度は司法への参加なのですから、その生みの過程(プロセス)にも、積極……

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これまでに届いているメンバーからの投稿

YES

より多くの人の考えが参考に(Natalie)

裁判員制度は、ぜひ導入すべきだと思います。司法知識のない一般市民の参加に是非はあると思いますが、法廷において裁判官、検事、弁護士、被告人以外の第三者の観点からの意見も必要ではないでしょうか。この制度導入により、捜査機関が取った自白調書中心から、公判での証言による認定が中心となる可能性と書かれていますが、判決をする上で、より多くの人の考えが参考になることにつながり、いいのではないでしょうか。裁判では当然「法をもって裁かれる」のですが、より公平な判決が求められるのも事実です。陪審員制度が導入され、制度内容がどのようなものになるかの詳細はわかりませんが、最終的には司法知識のある専門職の方々、つまり裁判官、検事、弁護士の手に結果は委ねられるとしても、そこまでの途中プロセスの一環に市民が裁判に参加するのは無駄ではないし、むしろ有意義だと思います。

マスメディアの役割が鍵(リーシー・関東・独身)

司法への国民参加は、国民と司法との距離を縮めるものになるだろうが、距離が縮まることと、「司法」本来の働きが維持できることとは別だと思う。つまり、国民の良識や世論が、必ずしもすべて、憲法の大前提である「国民の権利自由」を守る方向へ向うとは限らない。世論は、時として暴走するものでは? その点で重要な役割を果たすのがマスメディアになると思うが、マスメディアがいかに国民と司法との間で働くかが、この裁判員制度が成功するための大きな鍵ではないだろうか。

裁判員制度に賛成する理由は二つ(エコ・神奈川・既婚・33歳)

司法との距離を縮める一助にはなるでしょう。一般市民としての感覚と専門的知識を持った法曹とが力を合わせることは無駄ではないと思います。裁判員制度に賛成する理由は二つあります。一つは一般市民が狙われる凶悪犯罪が増加しています。ニュースを見ても連日そんな報道が多いですよね。わたしたちが他人事と遠くで見ていられる状況ではなくなっているし、一般市民だからこその司法への参加が必要だと感じます。二つ目の理由は、働き方の多様性を促進できるということです。最近ワークシェアという考え方が浸透しつつありますが、企業は従業員が裁判員として裁判所に行くこともありうるのだという体制作りをする必要が出てくるでしょう。それも社会にプラスに働くと考えています。

司法制度の理解を深め、意義ある議論を(mmmotoko・東京・パートナー有・37歳)

裁判員制度は、導入すべきだと思います。最終判決までの裁判制度・過程への意見、極刑に対する考え方など、いろいろな意見を持っています。が、司法に対する理解不足から無責任な意見が多いように思われます。立場が変わっても同じ意見を主張し続けることができるかというと、自信がありません。これでは、公平な審判はできません。制度の導入により、考える、学ぶ機会を得ることが大切です。ひいては、司法制度の改革につながっていくのではないでしょうか。司法についての素人が判決を下すというのは、非常に大きな問題があると考えますが、素人の意見を参考意見として取り入れられていくべきだと思います。アメリカの陪審員制度のように裁判員制度が機能するには、まだまだ時間を要しますが、肝心なのは、われわれがもう少し、司法制度の理解を深め、意義ある議論をできるようになることだと思います。

今よりはよくなると期待(junkomama)

わたしは犯罪被害者遺族です。自分がいや応なしに巻き込まれてきた刑事司法制度は決して平等なものではなく、遺族の思いは通じません。陪審員制度について、アメリカで研修を受けました。それが日本ですぐに使えるとは思えなかったのですが、少なくとも今の日本の刑事司法制度よりは世論に近い判決が出るのではと期待しています。

市民の良識が裁判に活かされるのであれば(もりんともりん)

わたしは全面的に賛成ではありませんが、現行の裁判制度に一石を投じるのではないかと期待はしています。最近起こるさまざまな事件、裁きようのないような凄惨な事件でも、「え?」と思うほど刑が軽かったり、裁判官のモラルの低下を考えて見ても、「本当にこれでいいの?」と感じることも多くなってきました。そういう意味では、市民の良識が裁判に活かされるのであればいいと思うし、今まで裁判での結果だけを見ていたわたしたち国民も、その経過を積極的に監視できるのではないでしょうか。初期導入時点では、さまざまな問題も発生するでしょうが、その都度よりよい方途を模索しながら、みんなが納得できる裁判を行ってほしいと思います。

NO

気がかりなのは報道の仕方と安全の保証(みゆみゆき)

人を裁くということを、一般の人が行うことに非常に抵抗を感じます。そもそも、日本人はムードに弱いという傾向がありますから、マスコミの取り上げ方により、正義を勘違い、もしくは、誘導されてしまう危険があるように思います。また、何よりも裁判員となった場合の「安全」について危惧します。裁判員となったことによる被告サイドからの圧力、脅し、また、裁判員活動後の報復や影響を考えたとき、司法を目指し、知識や経験、意識についても磨かれているプロならともかく、一般の人に正しい裁きを求めることは難しいと考えます。以上2点により、マスコミの報道方針、および、裁判員に対する安全が保証されることがないのであれば、裁判員制度については反対です。

きっちり発言できる裁判員ならいいが(メリーメイ)

ただ、法のみの判決ではなく、人としての確固たる哲学をもって、情という感性に振り回されるのでなく、きちっとした発言ができる裁判員とともに法の裁きを受けられるとすれば、それは、どの立場の人間にとっても幸せなことになるでしょう。

国や地方自治体に対する裁判なら(らびりん)

わたしは、現行の裁判官でも「人が人を裁く」のは難しいと思っています。裁判員となると、より公平さを欠いてしまう危険があると思います。ただ、対「国or地方自治体」の裁判では、今より国民の意思が反映されるかも知れませんね。

司法とわたしたちの間の架け橋に(Gengo)

裁判員制度が近い将来日本に導入されることを聞いてとても驚きました。この制度が導入されることにより、一般市民が裁判に参加するのだから、司法との距離は縮まるように思えます。しかし、本当に距離が縮まるのか疑問が残ります。司法に携わる弁護士または裁判官の中に、市民が入っていけるのでしょうか? 周りの人たちと同じ意見を持っていることに安心感を持つ日本人の国民性に、この制度をうまく浸透させることができるのでしょうか? 司法との距離が縮まるのではなく、司法との間に架け橋ができ、一般市民も渡ることができるような状態であると思います。

裁判員が災難に遭う可能性もあるのでは(ろくはる)

制度としては興味深いものだと思います。しかし、こういう考え方はいけないことなのだと思いますが、一般の人はそういう犯罪に「かかわりたくない」というのが正直なところではないでしょうか。仕事などの都合や被疑者の関係者とのその後の関係(暴力団やカルト教団系事件の場合)を考えると、それこそ裁判員に選ばれること自体が「災難」に遭うという位置付けになってしまうような気がします。日本の政府は何をやっても後手に回ってしまう現状を見ていても、裁判員に被害が及んでからその対応を考えるのではないか、そんな気がしています。

心の教育のほうが必要(琴祐・神奈川・パートナー有・31歳)

残念なことに、今の日本は自分のことで精一杯、自分の人生にだって責任を持てないのに、他人の人生の責任など持ちたくない、と思う人が大半でしょう。裁判員制度そのものが、司法との距離を縮めるのではなく、その必要性を論議したり、司法とはそもそもなんなのか、なぜ今このような制度が必要とされているのかを考える環境を、社会でも教育の現場でも、家庭でも持たなければ、制度そのものがやっかいで、めんどくさい、一人の国民の生活に、邪魔になる、ストレスのたまる役割というふうになると思います。

そんなことよりも、自分のことしか考えない人間をたくさん生み出し、犯罪者をたくさん作ってしまう世の中をどうにかする心の教育が必要ですよね。暴力団との関係があっても、その地位が保たれるような政治の世界や、たくさんのお金を持っている人ほど、悪いことをしていることがある世の中をどうにかしてほしい。一部の人だけかもしれませんが、今は有名人であればあるほど、悪い人のように見えますよね。小さなストレスやちょっとした心の病から、また経済的な閉塞感から犯罪へつながっていってしまうということをどうにかしたいです。自分のことだけしか考えない人にならないためには、どうすればよいか、ちゃんとみんなが考えれば、犯罪そのものを減らすこともできるし、裁判で罪を裁くことの重要性も高まるのではないでしょうか。今の感覚のままでは(少なくともわたしは)加害者被害者の好き嫌いで判決をしてしまいそうだし、許せない、という感情だけで犯罪を見てしまいそうで、怖いのです。

上からのお仕着せに思える(ゆりぼたる・岩手・既婚・50歳)

なぜ「裁判員制度」と聞いて拒否感を覚えたか考えてみました。上からのお仕着せだからです。そもそもこのような制度は、全体の意識が高まり、必要性を痛感して初めて実施できる性格のものだと考えます。もっと議論を尽くしてからにしてほしいと思います。裁判員制度を導入するから司法との距離が縮まる……と考えること自体が、お上的発想のような気がして仕方がありません。突然決めるような乱暴なやり方はやめてほしいと思います。

昨日までのみなさんの投稿を読んで

まだ創造の過程にあり

裁判員制度は、平成16年度の立法に向けて、人数、裁判官との比較、対象事件、証拠調べの方法など、その内容を論議している最中です。裁判員制度は司法への参加なのですから、その生みの過程(プロセス)にも、積極的に参加を求めてほしいものですね。みなさんが意見や危惧をもって、法務省、裁判所、日本弁護士連合会などのホームページにアクセスしただくのがよいかも。

さて、司法への信頼醸成になる(と期待する)派52%、信頼醸成にならない派48%でした。水曜日からほぼ同率ですので、国民全体でもほぼ同じ比率でしょうか。

積極派は、

  1. 職業裁判官にない一般感覚、被害者の視点を反映できるようになる
  2. 少なくともそう思えることによって、司法をより信頼できるようになる
  3. 副次的に、自分で考え説明し、責任を持って判断すること(民主制)の教育にもなる

というところ(期待)でしょうか。

消極派は、

  1. 付和雷同型、社会のことより自己中心型が多いわが国では、より信頼できる裁判とはならない
  2. 教育や準備をしてから導入すべき

などですね。

本日いただいたご意見でなるほどと思うのは、刑事事件だけでなく、行政事件でこそ裁判員制度が意義を発揮するというご意見。なるほど。それとマスメディア報道が裁判員に与える影響を考えて、規制的に扱うのか(裁判員をマスコミから遮断するのか)、あるいは、裁判員の安全確保(裁判員を匿名とするか、危険な場合には裁判員なしの公判も認めるのか、など)をするのかというご意見です。
まだまだ制度創造過程にあります。今後も注目してみてください。

窪木登志子

窪木登志子

弁護士

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