自衛隊イラク派遣は油のため?
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年12月6日
イラクでとうとう日本人の犠牲者が出ました。外交官二人が武装組織に襲撃され、命を落としたのです。これを受けて自衛隊を派遣する問題が再び議論を呼んでいます。例によって来年の参院選を心配する自民党からは、自衛隊派遣は慎重に考えるべきだという声が強くなっています。まったく、自衛隊員のことを心配しているのか、票のことを心配しているのかわからないぐらいで、あまり気持ちのいいものではありません。
引くに引けない自衛隊派遣
それはともかく、日本人がテロ組織に襲われたから自衛隊を送らないというのでは、笑い者でしょう。なぜなら、イラクに関してアメリカに協力しようとする国にテロをかけ、ひるませることがテロ組織の目論見であり、やすやすとそれに乗ってしまうことになるからです。テロ組織の脅し(たとえば東京の中心部を攻撃する、というような)に屈したのでは、それこそ国としてメンツが立ちません。テロに腰が引けたから、自衛隊を送らない、などと見られるようなことは、絶対にしてはいけないのです。
しかし現実に人を送るとすれば、政府としてもリスクを負わせるにたるだけの大義を説明しなければなりません。外交官にせよ、自衛隊員にせよ公務員ですから命令を受ければ行くでしょうが、危険な任務に着くことを納得するだけの理由が必要でしょう。それで最近は「国益」という言葉がよく使われます。イラクの復興に人も出さずに油が欲しいと言えますか、などと政府閣僚が発言したりします。この言葉はどうも釈然としません。つまり「油のために命を賭けてくれ」と言っているに等しいからです。
ビジョンなき国際貢献
「油のために」命を賭けるなどというと第2次大戦を思い出しますが、今の時代は石油に命を賭けるというほど切羽詰った状況なのでしょうか。とてもそうは思えないのです。彼らを危険な任地に送り出すのなら、油以外の理由が必要だと思います。それが大義です。国際社会に日本としてどう貢献するのかというビジョンがなければ、この大義を語ることはできません。
日本が国際社会というか他国から信頼されるためには、自国民はもとより他国を説得することが必要です。説得する手っ取り早い方法はカネでつることですが(たとえば政府援助はそういった目的のためによく使われます)、もう一つは丁寧に説得することです。昔の国際政治は、大義などよりも自国に利益があるかどうかが問題でしたが、20世紀の後半からそういう国際政治力学では他国を動かせなくなっているのではないでしょうか。
そういう大義を考えるのが不得意というわけではないのです。第2次大戦のとき、なぜ日本が「大東亜共栄圏」と言ったのは、あの戦争の大義をわかってもらおうという、当時の日本政府の考えがあったからです。その大義どおりに行動したわけではなかったのですが、とにかく大義がなくてはアジア諸国がついてこないと考えていたのは事実です。
世界を説得できないアメリカ、国民を説得できない小泉
今のアメリカは、実はこの大義を失っているように見えます。アラブの民主主義化というのは、ある意味でそれはアラブ諸国に任せるべきだし、そもそもアメリカと最も近い関係にあるサウジアラビアなどは民主主義の対極にある国です。その国と有効関係を結びつつ、イラクに武力介入するというのでは、そもそも理屈が立ちません。大量破壊兵器も発見されず、戦争した理由が証明されないなかで、アメリカは世界各国を説得する材料がないのです。
そういう状況ですから、小泉政権が国民を説得する大義もなかなか見つけられないのではないでしょうか。それでつい「石油」と言ってしまうのですが、それがなければ日本が破滅するというわけでもないものに、「命を賭ける」ことができますか。日本の政治家はそのあたりをよく考えるべきだと思います。こう書いたからといって、最近の自民党の慎重論と同じに考えないでください。彼らは来年の選挙を心配しているのであって、大義を心配しているわけではないのですから。