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杉山ちなみさん
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トレーナーがいて、ベンチで蘇生法ができれば
- 佐々木
杉山さんがアスレティック・トレーナーになろうといった時には、日本には資格の制度さえなかったわけですが、資格をとって帰国したとき、仕事はすぐにあったんですか。
- 杉山
はい。日本に帰ってきて、すぐ、NECに入ったんです。
- 佐々木
NECには、トレーナーの資格を取った珍しい日本女性を採用しようという受け皿があったんですか?
- 杉山
ありましたね。私の1年前に、女子バレーにトレーナーの男性が入って。フロー・ハイマンという選手が、日本で試合中に亡くなったんですが、それをきっかけに、バレーの方では絶対にチームにトレーナーを入れなくちゃいけないっていう動きがあった最中だったんです。
で、シラキューズ(ニューヨーク州)に行っていた方が、NECの女子バレーに入って、私は、バスケットをやっていたものと間違えられて、「バスケットのポジションがあるから」って言って、バスケットに入れてもらったんです。
あの頃は「助っ人外人」っていうことで、実業団女子バスケチームでも外国人選手を入れる事ができたので、通訳兼トレーナーで入ってくれ、という形で仕事があったんですね。
- 佐々木
ゲーム中に亡くなった選手がいたことで、トレーナーが必要という認識、ということは、トレーナーがいたら防げたという意味ですね?
- 杉山
心不全だったんです。マルファン症候群といって、背の高い人に起こる病気の一つなんですけど、体の割に心臓が小さいから、その分、いっぱい動かなくちゃいけない。で、まず、そういう病気を持っているという事が分からなかった。だから、メディカルチェックみたいなものも十分できていなかった、という事が一つと、トレーナーがいて、ベンチで蘇生法ができれば、もしかしたら、っていう考えです。
- 佐々木
だから、メディカルの意味でも、フィジカルの意味でも、トレーナーがいた方がいいっていう意識がそこで高まったということですね。
- 杉山
そうです。
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