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田丸 美寿々さん
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もうちょっと俯瞰でものを見たい
- 佐々木
今振り返っても、その時の1年半って、ものすごく大きい財産だったのですよね。
- 田丸
大きかったですね。行ってよかった。やっぱり、何か行き詰まったら、切り換えるのには、留学はいいですね。転地療養じゃないけど(笑)。
- 佐々木
そう。私なんか、それこそ、ニュースステーションにいた28〜29歳の時に、毎年のように小宮悦子さんと二人で、「大学院に行こう」って言って、ハーバードやコロンビアの資料を取り寄せて、「どこの大学院にしようか」って二人で考えてたのに、結局行かれないままで。あのとき思い切って行ってしまえばよかったって。今の方がもっと行きにくいわけで。
- 田丸
(笑)そうよね。どんどん行きにくくなるから。いや、私も、だからフジテレビにいる時から、やっぱり自分の引き出しの少なさみたいなのを感じていてね。
日々のニュースに対応するだけで、今日明日ぐらいの事は分かるけれども、って。でも、ニュースをやっていると、やっぱり過去の事とか、将来の事とか先見性を持つためには、やっぱり自分で歴史観とか大局観を持っていないとね。今日明日の事はアドリブでさばけても、やっぱり、もうちょっと俯瞰でものを見たい。それは勉強しないと、ある程度時間をかけて。
それを思っていたんですよ、フジテレビで毎日の生番組をやっている時に。で、上司に、1年間休職して行かせてくれって言ったんですけど、そしたら「それは難しい」と。女子アナに1年間も休職させるわけにいかない、「行くんなら辞めてから行きなさい」と。で、そのまま行かれなかったんですね。
そうしたら、結婚してフリーになったので、しかも、一応主婦業もとりあえず1年間やってみて、結構大変だったんですが、面白いなと思いつつ、その主婦業をやりながら留学の準備ができたんですよ。だから、ちょうどフジテレビを辞めて、結婚して自分の体制が変わった所で考えられたので、チャンスだったんですよね。
- 佐々木
いい機会だったんですね。それまでも、初めて報道で活躍する女性として田丸さんの存在感があったんですけれども、留学されて戻られてからのご活躍っていうのが、すごく、生き生きしていて。変な言い方で、失礼かも分からないんですけど、田丸さんらしさっていうか、強さみたいなものが、どんどん出てきて。
- 田丸
そうですね。精神的にも逞しくなったかもしれない。留学する前に、私の友達とかテレビ局の知り合いの人達から、「1年間か1年半か知らないけど、テレビって忘れるの早いから、戻ってきたら仕事がないし、皆あなたのことも忘れているかもしれないけど、何で今さら留学するの?」と言われてね。でも、「今、ちょうどチャンスのような気がするんです」って。で、「1、2年いなくて、忘れられるような存在だったら、私はその程度のもんだったと思えばいいし、別に仕事はテレビの仕事ばっかりじゃない」っていうぐらいの気持ちで行ったんですね。
で、行ってみたら本当にそうで、それこそ大学院でも接する人達って、ほんとにいろんな仕事をしていて、国連の仕事をしたり、世界銀行の仕事をしたり、国務省の外交官だったり、アメリカのジェネラル・ダイナミクスという軍需産業にいる人や、中東の専門家もいたり、もう、むちゃくちゃいろんな世界が。
- 佐々木
人脈も広がったんですね。
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