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今週のテーマ
会議番号:2244
お墓参りの際に、死者のたましいを感じますか?
投票結果
50
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608票
619票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2007年08月27日より
2007年08月31日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
井上順孝 國學院大学教授
近親者を亡くしたばかりの方のご意見は、切々たるものがあり、やはりお墓参りが長く続いている理由の一端が……
議長コメントを全文読む
3日目までに届いている投稿から...
ご先祖様に会いに行く (くらのすけ・東京・パートナー有・36歳)
お盆、お彼岸、年末と必ずお墓参りに行きます。この世にはもういませんが、私のことを見守っていてくれていると感じるし、一緒に住んでいた頃のように私も近況報告をしたいからです。私の実家は田舎で、まだ伝統的な風習というものがたくさん残っています。小学生の甥たちも、当然のようにお墓参りに行きますし、これからも変わらないと思います。
納骨を日曜日に控えて (ミズ・アンジー・埼玉・パートナー有・49歳)
次の日曜日に前夫の納骨を控えています。これから、お墓参りをする立場になってみて、やはり、ここが主人のいる場所と思いたいです。主人が亡くなってから、まだ日が浅いせいもあるのでしょうが、「千の風」を聞いても、どうしようもない喪失感を埋めることはできません。まだ、しばらくの間、寄り添っていたいと思うのです。
先祖の魂は見守ってくれている (がお・福岡・パートナー有・39歳)
私は20年以上、父方の先祖が眠るお墓参りをしていませんでした。昨年、体調を壊したのをきっかけに、ある人の勧めで父と一緒にお墓参りをしました。そのとき、石にあおカエルが私達を迎えてくれるようにくっ付いていました。父と私がお線香をあげ手を合わせ、何十年も会いに来なかったことを詫びて目を開けると、カエルの姿はどこからも消えていました。死者の魂がずっとお墓にいるとは思わないですが、このときは確かに祖父の存在を感じました。
プラスの癒しを感じます (菊づくし・群馬・パートナー有・44歳)
お墓参りにいって手を合わせても、悲しみが癒せない……場合もあります。また、諸事情でお墓参りが出来ない場合もあります。この詩は、いつでも……身近に……たましいがいてくれると……、『お墓参り』にさらにプラスの癒しを感じさせてくれると思います。
ようやく…… (ゾウさん・福島・パートナー無・29歳)
先日祖母が他界しました。祖母は約45年前娘を水の事故で亡くし、ずっと罪の意識に苦しみ仏事に勤しんできました。そんな祖母を思うとようやく娘と亡き祖父と一緒になれるね、お墓で皆で安らかに眠ってほしい。と願うばかりです。お墓参りの際は先祖を思い、感謝する。それが死者の魂を感じることだと思います。千の風……は確かに「私はそこにいません」と歌っていますが、私はそこにいると思います。お墓に魂は宿りながら、「大らかに見守っているよ」ということなのではないかと思います。
お墓は死者のお家 (yokolawless・ワシントンDC・パートナー有・50歳)
「千の風になって」どこにでも移動し何にでも身を転じて、大切な人を見守ったり、励ましたり、救ったりしてくれる魂にとってお家に当たるのがお墓のような気がします。お正月に親せき家族が集うように、お墓は親せき家族をつなげてくれる場所でもあります。いつでもどこでも亡くなった父の魂を感じることはできますが、お墓(お家)を清め、魂に感謝することによって、魂からの感謝も感じます。死者とより高いレベルでの会話ができると思っています。
日々、つながりを感じる (春水・東京・パートナー有・41歳)
私には伝統的なお墓参りが曲がり角を迎えている気はしません。そして千の風の歌詞は、とても理解できます。私は1年前に、親愛なる友人を亡くしました。彼女のお墓が私の家の近くに建ったと聞いた時、とても嬉しかったです。なぜかというと、いつでも彼女に会いに行けると思ったから。命日やお彼岸にはお花やお線香で供養をしにお墓参りをして普段は故人が好きだった曲を聴いたり、花をみたり、一緒に歩いた場所を通る度に、彼女に話しかけている自分に気づきます。
お墓参りの代理業 (リリーベル・埼玉・パートナー無・26歳)
私は、28日の夜あるテレビ番組でお墓参りのアルバイトのレポートがされていました。礼服着用、お墓の掃除と献花と祈願を行い平均2時間で1人1万円との事。病気や高齢でお参りしたくてもできないという人の為に始めた、と代理業者はコメントしていました。依頼者はお墓に行けなくても、故人への思いを馳せる、懐かしむという行為を大事にしているのかな、と私は想像しました。
4日目の円卓会議の議論は...
「お墓まいりを大事と感じるようになったわけは?」
近親者を亡くしたばかりの方のご意見は、切々たるものがあり、やはりお墓参りが長く続いている理由の一端が分かるような気がします。「ミズ・アンジー」さんは、夫であった方の納骨を控えて、お墓がご主人のいる場所と思いたいと述べておられます。強い喪失感を補うのには、やはり形あるもの、伝統的な形式がそれなりの役割を果たしてくれるのでしょう。
「千の風になって」は新たな死のイメージをもたらしているようにも思えますが、お墓参りの意義を否定しているように受け止める方はあまりいないようですね。「yokolawless」さんは、どこへでも移動して、生きている人を見守っている死者の魂にとって、お墓は家のようなものと述べておられます。また、「ゾウさん」は、この歌の「私はそこにいません」という表現も、お墓に魂は宿りながら、大らかに見守っているという意味だと解釈されています。
たましいを実感できる、できないにかかわらず、故人とのつながりを確認する場として、お墓はやはり大きな意味をもっているように感じました。
こうしたお墓参りへの意識は、日本人の死の捉え方、あるいは死者とのつながりのもち方に関係があると思うのですが、いただいた意見には、宗教の教えからの影響がほとんど言及されていません。
寺院の境内にあるお墓も少なくないはずですが、
現在のお墓参りのあり方に、自分が形式的にでも関わった宗教(仏教宗派が多いと思いますが)の教えは影響していないのでしょうか。お墓参りのときの心情は、まったく個人的にわいてくるものでしょうか。
とくにたましいを感じるという人は、なぜそのように感じるようになったのか、教えていただくとありがたいです。
井上順孝
國學院大学教授
「学校での「宗教文化教育」は、必要?」
2006/3/6 - 2006/3/10 井上順孝さんサーベイ
「9.11が変えた「私」と「世界」〜期間限定掲示板」
一体、宗教って何のためにあるんだろう?
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