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今週のテーマ
会議番号:2406
インクルーシブ教育、聞いたことがありますか?
投票結果
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134票
1048票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2008年03月24日より
2008年03月28日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
関根 千佳 ユーディット代表取締役社長
皆さんが、いろんなことを考えていらっしゃるのがとてもよくわかりました。私たちはいつか、年をとります。……
議長コメントを全文読む
4日目までに届いている投稿から...
勤務先でインクルーシブ教育 (msecretary・東京・パートナー無・44歳)
勤務先米系会社で、聴覚障害、視覚障害がある方とお仕事しており、今、人生で初めて障害のある方と接しています。お二人共、バリバリとお仕事をこなします。内線コンタクトの代わりにメール、メールの代わりに内線でコンタクト。些細な事に注意すれば、彼らと普通に仕事が可能です。今、インクルーシブ教育を受けている状態です! 子どもの頃に、こういう機会があれば、社会に出た時、即時に障害者の方達とも、一緒に生産性向上が可能だと思います。
人間をなぜ区分するのか (コメリーママ・神奈川・パートナー有・63歳)
私は学ぶ機会は均等が当然と考えます。学んで何が知識として残るかは学んだ人に委ねられますが、まず学ぶ機会は均等でなければなりません。日本では、豆腐を采の目に切るように均一に均等になることを当然としている、と感じます。しかし、本来はジグソウパズルのように、様々な形のものや能力が生かされてこそ素晴らしい発展につながるのではないでしょうか。いろいろな「区分」を当然とすることによって、多様で素晴らしい才能が見落とされていると思います。
ホントは当たり前の教育…… (Sayuri・大阪・パートナー有・44歳)
障害のある子とない子私も学生の頃は、別々に教育されるものと思っていました。インクルーシブ教育といっても、障害のない子にはなんの意味があるのかと思っていました。……でも違うのですね。この社会には障害の有無や国籍などいろんな人がいるのに、教育だけ別々というのが不自然なのです。子どもたちの様子を見ていると、子どもたちがともに育ちあっているのがよくわかります。互いを思いやれる社会づくりはこんなところからはじめなければならないのでは…… と思います。
大人の姿勢 (山内あやめ・東京・パートナー無・29歳)
高校時代のボランティア仲間にダウン症の子が、初めて就職した先にも障害を持った方がいました。けれども、どちらでも「障害者」という事を全く感じませんでした。今になって思えば…… というくらいです。それくらいかけがえのないボランディア仲間でしたし、仕事仲間でした。それはその場にいる大人達が「障害者」という線を引いていなかったからだと私は思います。いろんな人がいて当たり前という姿勢の大人の集まりの中にいれば、子どもも自然にそのように育つのではないでしょうか。
大学にこそ多様性が必要 (蓬莱山・北海道・パートナー無・37歳)
大学にも多文化共生のインクルーシブ教育が必要だと思いました。地方大学の教員をしていますが、そこの大学生は大部分が18歳から22歳までの健常な日本人です。若い学生の視野を広げるには、多様な個性を持つ人々との交流が必要であり、もっとたくさんの外国人、社会人、障害者と机を並べ、触れ合うことで、多様性を受け入れることが出来るのではないかと考えます。現実には、大学も地域社会も外国人留学生の受け入れすら面倒くさがり、サポートが不十分に感じます。
発達のゆっくりな息子がいます (ぴえこ・東京・パートナー有・36歳)
普通小学校にいますが、まさに私が望む教育なので早速勉強します。どの障害児も、健全な人間の中に、障害の部分を持っているだけです。何が苦手か、ならばどうするか…… これを、自然にこなすことは、すべての人に役立ちます。個性の中の良さを認め伸ばすこともそうです。私の市では、一様に障害学級に促され、意思疎通さえ叶わず、誤解と不信がはびこって滞っている気配がします。もったいないです。愛情、才能、熱意に溢れた先生が沢山いることも知りました。実現は可能だと感じます。
優しくなる子ども達 (Pururu・東京パートナー有・)
息子の公立小学校は障害児と一緒のクラスで勉強をします。子ども達がただ単に介助するのでなく、自主性を損なわないよう、その加減を実によく把握しているのには驚かされます。運動会では一緒にやり遂げる姿に、親も子も声援を送ります。助けるけれど特別扱いしない、ということが自然と身についていると思います。”ゆとり教育”を机上の学力からではなく、このような点から捕らえてみては良いのではないかと思いました。素晴らしいテーマをありがとうございます。
教育現場以外での地盤づくりも (くみとま・東京・パートナー有・29歳)
私が小学校のとき、全2クラスに1人ずつ軽度の知的障害の子がいて、どの授業も普通にみんなと一緒に受けていたし、給食も机を並べて食べていて、それが当たり前でした。時に暴れてしまう子もいましたが、みんな理解して接していたように思います。ただ、休み時間などに一緒に遊ぶかというと、そこまでではなく、今思うとさみしい思いをしていたのではと思いますが、本当に「分け隔てなく」共生できるほどの地盤が、当時の私たちにはできていなかったように思います。
わかろうとする (anne-ko・広島・パートナー無・49歳)
この言葉はなんだろう? 初めて耳にしました。コメントと投稿を読みながらぼんやりとイメージはできました…… 障害を持つ人と共に過ごすのは本当は自然な事なんだと思います。小さい頃から色んな状態の人を見て、どう対応したら良いのかを、生活の中で知るのは自然に身につくと思います。授業を進めたりするにも、専門的な人材や環境整備は必須でしょうが、大切な気持ちは養われると思います。インクルーシブ教育、地道でもしっかり実現して欲しいです。
知りませんでした (akodechu・福岡・パートナー有・28歳)
そんな教育が始まっているとは。特別支援が始まっているのは知っていましたが、教師である夫は常に悩んでいます。支援が必要な子は、たくさんいるのです。クラスに教師が一人では、足りないのだと。また、支援が必要でない子がいるのも事実です。その子達の親からは、「もっとレベルを上げて。スピードアップを!」といわれているのが現状です。事実、高学年になると半数近くの子が塾に通うそうです。『教育』ってなんなんでしょうね…… 子どもを持つ親として難しい問題です。
障害の程度にもよるのでは (Tosuku・東京・パートナー有・47歳)
1学年上の姉は生まれた時から重度の身障者、脳性小児麻痺です。8歳位からある国立療養所(当時)にお世話になっています。体を動かせず会話もできない姉との意思の疎通は専ら「イエスなら右見て」とか「違うなら左」等に限られています。姉にも普通の学校生活を体験させてあげたかったとは思いますが、1日24時間全てに介助が必要な状況なのでもし普通学級に行ったら何人もの人手が必要だったでしょう。一方普通学級に障害児がいることが健常児の情操教育になるという目的なら家族として嫌です。
5日目の円卓会議の議論は...
「誰も残していかれることのない、明日のために」
皆さんが、いろんなことを考えていらっしゃるのがとてもよくわかりました。
私たちはいつか、年をとります。すべての高齢者は、私たちの先輩なのです。そしてそのことは、自分が将来、なんらかの障害を持つ可能性を意味します。ですから、すべての障害者は、すべての人の大先輩なのです。
ALSや重い脳性まひ、脳挫傷や神経難病の方に意思伝達装置を使っていただく中で、これまで全く意思疎通のできなかった人が、実は多くのことを思い、考えていたのだと分かる場合もありました。何もできないと思いこまれていたのですが、それを伝えることができなかっただけだったのです。
私は毎年、ロサンゼルスで開催される「障害者とテクノロジー」という会議に、日本から数十名の企業や大学の方でツアーを組んで参加しています。昨年、車いすの参加者数名と、アメリカの自立生活に関するセッションに参加しました。
彼らは、自分たちと同じか、少し重い程度の障害者の、生活支援が語られると思っていました。しかし、会場で講演したのは、最重度の、発話もすべてコミュニケーションエイドで行う人々でした。彼ら、彼女らは、普通に学校へ行き、大学を卒業し、就職し、結婚してきた人生を淡々と語ったのです。
「これが私の息子で、これが昨年買った家……」
誇らしげに示す写真には、幸せがあふれていました。日本人の参加者はカルチャーショックをうけていました。
私は、すべての障害者が、完全にインクルーシブになるには時間がかかると思っています。ろう文化の中だけで生きることを選択する人もいるでしょうし重度重複障害のために高等教育を受けることは難しい場合もあるでしょう。
しかし、能力があるにもかかわらず、女性であるというだけで、行きたい進路を選べないことが不公平であるのと同じように、
障害があるという理由だけで、適格者が進路を閉ざされてはならないと思っています
。
その意味では、障害者枠も必要ではないかもしれません。スタートラインを一緒にしてくれるだけの配慮がほしいだけなのです。
教科書は電子化して、音声でも点字でも拡大サイズでも読めるようになれば、多くの視覚障害者や学習障害者は授業を受けられます。講義の内容を手話やノートテイクで伝えてくれたり、パソコン要約筆記で示してくれれば、聴覚障害者のみならず、日本語を母国語としない生徒や他のクラスメートにもメリットが増します。
生徒のほうをむいてゆっくり話すことが標準になれば、シニアの学生や認知障害の学生にも、いえ、全員にとって、より分かりやすくなるかもしれません。IT機器の進歩や、障害者支援技術(Assistive Technology)の活用で、インクルーシブ教育は、かなりの部分がカバーできるのです。
ただ、そういった機器の使い方や、多様なニーズの子の受け入れ態勢を現在の日本の教育現場が理解するのは、まだこれからです。建物のアクセシビリティとともに、講義方法や支援体制の整備、教師への研修も、地道に続ける必要があります。
多様なニーズのあるお友達や同僚と過ごす経験は、本人や周囲の人生を変えるだけでなく、将来日本が出会う超高齢社会での、人々生き方そのものを変えて行きます。障害がある人、高齢の人が、どう生きれば幸せか、ロールモデルを示すのです。それは、障害者のミッションかもしれません。
EUが今後のインクルージョン社会のあり方を示す言葉として、「Nobody get left behind」という言い方をすることがあります。アメリカでも防災や教育で時々使われる言葉です。「誰も残してはいかないよ」という意思の表明です。オバマ氏も使っているようですね。
高齢社会日本でこそ、必要な考え方かもしれません。明日の自分や子どものためにも、息長く、インクルーシブ教育を支援していってください。
関根 千佳
ユーディット代表取締役社長
「知的障害のある人たちの意味」
佐々木かをり対談 win-win > 第53回 細川佳代子さん
「障害を持つ同僚が、身近にいますか?」
無理解・無関心は、知らないゆえの恐怖や嫌悪感、面倒くささが先立っている
「アメリカに行った時に、高齢者や障害者の「元気度」が日本と全然違う、っていうことに気がついた」
佐々木かをり対談 win-win > 第56回 関根 千佳さん
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