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今週のテーマ
会議番号:2454
裁判員制度、心の準備はOKですか?
投票結果
27
73
155票
410票
この会議への投票・投稿は
募集を締め切りました。
【開催期間】
2008年05月26日より
2008年05月30日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
志賀こず江 弁護士
今週の月曜日(26日)に下された、長崎市長射殺事件の判決は、皆さんも新聞やテレビのニュースなどでご存知……
議長コメントを全文読む
2日目までに届いている投稿から...
詰めが甘いと思います (IPウーマン・39歳)
就職禁止事由により、私自身は裁判員にはなれません。しかし制度には非常に興味があり、各種解説を読んだり、説明会も聞きに行っています。そしてこの制度に大いに疑問を持っています。担当判事や検事は、裁判員に法的三段論法の説明から入るのでしょうか? 量刑等に市民感覚を反映させる、と説明されていますが、市民感覚(感情)で量刑を決めてしまっていいのでしょうか? また2審以降には裁判員は入らないので、果たして市民感覚を本当に生かしたことになるのでしょうか?
裁判所の責任放棄 (ざおざお・中国・パートナー有・35歳)
市民が一審とは言え量刑を決めるということは、世論を量刑に反映させることができるメリットがある前提条件として、市民に法律知識があるという前提だと考えます。他の判例ではどれくらいだから…… という判断がされるのであれば、参加する意味が全く無い。裁判所が自分たちの下した判断を世の中に説明できないから、裁判員制度を導入するとも言えると考えます。世の中の人が裁判所の判断を信用できるのであれば、裁判員制度は必要ないと思います。
以前は期待していました (ちゃーよ・東京・パートナー無・45歳)
この制度を聞いた初期のころは、裁判に参加できることを嬉しく思っていました。でも、今はかなり不安です。模擬裁判の結果は、とても感情的で、慎重さを欠いているように感じました。また、自分のことを棚に上げて、他人の非を追及する姿勢が自己主張であると思い違いをしているような人が同じ裁判員だったら、と悲観的な気分です。理想的すぎるかもしれませんが、私は「自分が被告人の立場なら」と考えられる人といっしょに、裁判員になりたいです。
物事を「正しく見る」準備を! (ぷり-む・新潟・パートナー無・43歳)
個人の自由の名の下に善悪の判断もままならない今の日本で、はたして出来るのか? との疑問と、余裕のない自分が当選したら正直やっかい…… そんな思いでNOにしました。ただ、冤罪の話や光市の事件の経過を見聞きして、職業裁判官の判決のみに任せて良いのか? と、考えさせられる時もあります。厳罰化となるか軽罰化となるかも世論やマスコミの風向き次第と言う感じかします。己が善悪の基準となるバックボーンを持ち、物事を因果の理法(原因、結果)で見られる事が求められるのでは。
荷が重すぎる (もいもい・東京・35歳)
米国の陪審員制度は有罪・無罪の判定のみであるのに対し、裁判員制度では量刑も決めることになるのが非常に重荷であると感じます。日本は無期懲役と死刑との差があまりに大きすぎるので、量刑まで判定する制度を盛り込むのであれば終身刑などの刑罰を新設して欲しいです。また日本の検察による起訴事件の有罪率は99%以上とか。「市民感覚」で裁判に臨もうと思っても、結局シロウトなので、検察側の恣意的な論法にまるめこまれてしまいそうで不安です。
ワイドショーとドラマとゲーム (Donky0022・東京・パートナー有・42歳)
表題に親しみすぎている感覚で裁判員になると、犯罪内容の度合いと被告の生死の考え方が「TVを見ながら評論してる視聴者感覚」や「簡単にリセットできる感覚」で犯罪を裁くのではないか…… と結構怖く思っています。また、よく論議に上がりますが「死刑」「無期懲役」の間に「終身刑」「終身労務刑」を設けた後に裁判員制度を始めて欲しいとも思います。
かなり不安です…… (きのこのこ・神奈川・パートナー無・37歳)
結審に至るまでの期間短縮に繋がるであろう点はいいのですが、果たして自分が裁判員に選ばれたら、その事件を正しく裁けるのだろうかとか、もしまかり間違って被告の立場にたったなら、冤罪をはらすことを裁判員という素人連中にできるのだろうか、などと考えると、かなり不安です。現代はマスコミの一方的な論調がまかりとおっている時代ですし、果たして公平な視点から事件を客観的に見ることの出来る日本人がどれほどいるのかが疑問です。
拒否するつもりです (ななごう・京都・29歳)
裁判員制度が決まった時は「義務なら仕方ない」と思い、通知が来れば参加しようと思っていました。しかし一生守秘義務を負わされる(裁判官でも退任後は守秘義務から開放されるのに)、断れる「正当な理由」があいまい、会社をどのくらい休まされるのかやその保障がどの程度されるのかがよく分からない、メンタルケア体制が不十分……等々、詳細が分かるにつれ、制度への不信感が増しています。罰金を課せられるのはわかっていますが、参加したくないです。
日本に向いたシステムか疑問 (イクラ・東京・パートナー無・45歳)
日頃ニュースやワイドショーで事件を見て「酷い、絶対極刑!」とか言ってますが、実際自分が刑を下すとなると意味が違います。私など消極的で聞き役に徹してしまうタイプなので、押しの強い人の意見に賛同せざるを得ない時があります。場合によっては生死に関わるような話合いに自分がいたら…… と思うと怖くなります。今参加したくないと言う意見が大多数の中、決めた事だからというだけでスタートさせるのは無理な気がします。日本に向いたシステムを再構築してみてもいいと思います。
3日目の円卓会議の議論は...
「死刑判決と裁判員のアフターケア」
今週の月曜日(26日)に下された、長崎市長射殺事件の判決は、皆さんも新聞やテレビのニュースなどでご存知だと思います。金銭強奪目的などではなく、被害者が一人で、かつ被告人に殺人の前科がないという場合に、死刑判決が下されるのは異例のことだと報道されています。
永山事件における死刑選択基準が、「被害者の数」を挙げていたことから、被害者が一人の場合に死刑を選択するについては、犯行の性質や動機が悪質かどうか、犯行自体が残虐か否かなどの判断が重視されます。日経新聞には、この長崎市長射殺事件を裁判員制度と関連させ、「人を裁く重み、極刑を言い渡す苦悩さえ市民が背負う日が来る」と書かれていました。まさに、そのとおりです。
さて、
このような重みや苦悩を背負わなければならないとしたら、裁判員制度を採用した国は、この重みと苦悩をどうやって取り去ってくれるのでしょうか。
ひとつの方法として、
精神的なアフターケアということが問題
になっています。死刑判決だけでなく、実際に犯行現場の写真なども証拠として見ることになるのですから、さまざまな場面での裁判員の心の負担は十分想定しておかなければならないと思っています。
もちろん、この点についても、いろいろな対処が考えられているようですが、いまひとつ具体的なイメージが湧いてきません。
アフターケアということを考えると、カウンセリングという方法がすぐに思い浮かびます。もし、裁判員として、このような事態に直面したとき、
カウンセリング以外に具体的にどのようなアフターケアが必要だと考えますか。
志賀こず江
弁護士
「「裁判員制度」とは何か、なぜ始まるのか?」
池上彰の『解決!ニュースのギモン』
「裁判員制度で司法との距離は縮まる?」」
イー・ウーマンサーベイでは早くも2003年からこのテーマに注目!
「裁判員、市民として一度はつとめたい?」
おととし2006年2月のサーベイリポートはこちら
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