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今週のテーマ会議番号:3023
臓器提供、家族の同意だけでもいいですか?
投票結果
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2日目/5日間
働く人の円卓会議
2位
【開催期間】
2010年07月05日より
2010年07月09日まで
円卓会議とは

ぬで島次郎
プロフィール
このテーマの議長
ぬで島次郎 東京財団研究員
円卓会議議長一覧
重い問いかけにもかかわらず、たくさんの投稿をいただき、ありがとうございました。 marco302さんのいう……
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1日目までに届いている投稿から...
月曜:1日目(テーマの背景) 火曜:2日目 水曜:3日目 木曜:4日目 金曜:5日目(リポート完成)
yes とても難しい問題ですが (YAEpon・東京都・パートナー有・39歳)
自分自身は意思カードを持っているので、もしもの時には使える臓器はすべて使って欲しいと思っています。ただ私の家族がもしそのような状況になったらと考えると本人の確認が取れていないのに提供するかどうかは悩みます。提供した方の体で家族は生き続けているという感情があるので今回はYESに投票しましたが、その時にどういう結果を出すかはやはり分かりません。

yes 経済的な負担を考えると。 (marco302・パートナー無・38歳)
臓器移植提供カードをいつもお財布に入れて持ち歩いています。角膜以外の臓器提供は可との意思表示です。臓器提供は生命の起源と同じくらい難しい問題ですが、よく理解できないところが本人が脳死状態であるにもかかわらず、家族以外のだれが決めるのかということです。本人の意思がない限りしてはいけないということでしょうか。脳死の場合は本人だけでなく、家族にも経済的な面などでさまざまな影響が出てきます。そう考えれば、家族の同意でよいのではないでしょうか。

yes 提供臓器が増えてほしい (Jerryb・東京都・パートナー有・43歳)
医療の進歩によって、臓器移植ができれば助かる場合が増えていると感じます。新聞でも渡航移植のための募金のニュースを頻繁に目にします。海外に行かなくても移植が受けられるよう、遺族の了承が得られるなら、不幸にも若くして亡くなった人の臓器は提供してほしいと思うのです。私自身は提供意思確認カードを持っています。

yes 家族の同意だけでよいです。 (umesyd・パートナー有・42歳)
生前の本人の意向が汲める家族であれば良いと思います。例えば本人に意志はあったが、書面が無かった為にドナーになれなかったと言う例もあるのかも知れません。また、もっと意思表示方法を簡単にする事も必要と思います。私の住む豪州では免許所得時にドナー提供するかどうか選択する必要があり、免許証表に印字されます。つまり免許証を持っている人全員が自分の臓器を提供する事について考える時間を持った事があるのです。そう言った機会を増やす事が日本でももっと必要だと思います。

yes 助かる命が増えると期待 (はかき・神奈川県・パートナー有・38歳)
テレビの特集などで、移植のために外国に行く子どもを見るたびに「国内で手術が受けられればいいのに」と思っていたので、迷わずYESです。家族が、奇跡を願いたい気持ちの整理をして臓器提供に同意するのであれば、移植してかまわないと思います。私自身は臓器提供に同意すると記入したカードを持ち歩いていますが、この際家庭内で話題にしてみようと思います。書面でなくても本人の意思を知っておいたほうがいいなと思いました。

no 家族の同意は必須ではないがいい (ぱーと救急医・千葉県・パートナー有・37歳)
本人の意思が明確でないことが多い現在では、もちろん移植件数が少ないですよ。でも、そういうことが問題なのではない。「死」について、ちゃんと語り合うこと、考えておくことが大切。だから、本人の同意無しってのは本当にありえない改悪だったと信じます。逆に、「家族の同意が必須」とかにすると、他の人の死生観が本人の選択を変えてしまうので、それは無しでお願いします。生きているときに、家族として充分話し合っておけば、よりよい人生になると思います。

no あくまでも本人の意思を尊重 (ニューヨーク・東京都・パートナー有・36歳)
やはり、その人の身体はその人のものであり、提供の決断についても、本人の意思が尊重されるべきだと思います。脳死と判断された後、その人の魂や思いや痛みがあるのかないのか、我々には分からない未知の世界だと思いますし。生前、提供の意思を明示していない方については、たとえそのご家族といえども、判断を下してはいけないと思います。

no 体と心と命は本人あってのもの (Dewbow・長崎県・パートナー有・44歳)
私は自分の命は私として全うしたいと考えています。臓器提供可否は提供者本人の判断だと思うので提供者の意思による移植については異論ありませんが、本人の脳死後、2度と提供者本人に知らせることが出来ない場合の移植には反対です。逆に、本人に提供の意思があっても、体を傷つけるのは嫌だと拒む家族もあり問題は複雑です。体の一部でも生きてと望む家族の気持ちは分かりますが、体と心と命は本人あってのもの。被提供者の立場で苦渋の選択をするなら自分の複製臓器(可能なら)を選びます。

no 家族がみな善人ばかりではない (かじろう・千葉県・パートナー有・68歳)
本当にに家族の同意だけでいいのでしょうか。提供者が善人で、その家族も善人ばかりとはいえません。例えば、臓器提供者と、その家族が不仲だったらどうでしょう。家族の一人でも、臓器提供に反対していたらどうでしょう。離婚した配偶者は家族になるのでしょうか。臓器提供者が、親からの虐待を受けていた子供だったらどうでしょう。現在は、不純な動機が入る余地があり過ぎます。そして不純でないとの証明もできません。本人の同意なしの臓器移植は、されるべきでないと考えます。

no ただ病人のそばにいる権利がある (saihikarunogo・兵庫県・パートナー無・51歳)
家族の同意だけで臓器提供できる、という法律は、意思表示をしていない患者の場合は家族が考えなければならない、という義務を与えるものではないはずです。しかし実際には、移植コーディネーターが病院に常駐し、死に近い患者の情報を集め、家族に近づいて、脳死を受け入れられるように話をすることになるでしょう。余計なお世話です。患者の家族には、ただ病人のそばにいる権利がある。幼い子どもには、ふだん、移植についての知識と意思表示の機会を与えておき、判断は親がすればいいと考えます。

no 家族には負担が大きい (歌バカ・北海道・パートナー有・45歳)
本人の意思がわからないのに決断する家族は相当なプレッシャーを感じるでしょう。脳死移植が進まないのは死生観の違いであって同意者が誰なのかではないと思います。私自身は子どもの頃親族の葬儀に立ち会った経験から、死後自分の身体が灰になるのなら是非移植を、と考えていますが、夫は心情的に無理だとずっと平行線のままです。私は、本人の意思こそが移植の大前提だと思っていますし、家族でもそれを覆してほしくないと感じています。

no 臓器提供、家族の同意の是非 (fuyukas-tony・愛媛県・パートナー有・60歳)
臓器移植を殖やす目的だけで、本人同意要件をなくすのは大変疑問です。臓器移植の医療行為の大半は、他の死でもって償って片方の生を得るための医療です。尊く、厳粛な生命の終焉となる人間の死を人がどのようにして受け入れて、次なる生の証の糧する儀式であると同時に、死者本人の死生観による最後の表現の精神的主体であるような気がします。臓器移植を否定するつもりないが、臓器提供ビジネス転嫁の恐れあるものが、本人同意なしの家族同意の臓器提供に、死生観や生死の尊厳があるのか疑問。

no そもそも…… (いまいくん・埼玉県・パートナー有・47歳)
そもそも私は脳死患者からの臓器移植に否定的な考えを持っているので、当然のことながら反対です。もちろん家族が自分の意思で臓器提供者となることを否定しませんが、そうでない家族が脳死となった場合、臓器提供をするつもりはありません。人間は必ず死にます。であれば他人の臓器を移植してまで生きようとすることに違和感を覚えずにはいられません。自分自身が臓器移植を受けなければ生きられない状況に置かれたとしても、それは運命として受け入れようと思っています。
2日目の円卓会議の議論は...
月曜:1日目(テーマの背景) 火曜:2日目 水曜:3日目 木曜:4日目 金曜:5日目(リポート完成)
死後の体は誰のもの?
重い問いかけにもかかわらず、たくさんの投稿をいただき、ありがとうございました。

marco302さんのいうように、「本人の意思がわからない限り家族以外の誰が決めるのか?」というのは、もっともなご指摘です。でも、YAEponさんのいうように、いざその場合になったら悩むでしょう。はかきさんがいうように、突然近親が脳死になったら、家族は奇跡を願います。その気持ちを乗り越えて脳死による死の宣告と臓器提供を受け入れるのは、大きな負担であることは間違いありません。

ノーと応えてくださった方々が提起しているのは、家族が決めるのが当然という考え方への疑問です。かじろうさんがいうように、家族が常に善人だとは限りません。ぱーと救急医さんがいうように、他の人の死生観が本人の選択を変えてしまうのはいけない、というのもよくわかります。

この問題は、死後の体は誰のものか?という問いにつながります。

Dewbowさんやニューヨークさんがいうように、本人のもの、というのが一つの考え方です。死後でも、生前の本人の人格権の延長として、体の扱い方について本人の決定権を認めるべきという立場です。改正前の移植法はこの立場に立つものでした。

一方、家族が死後の体の処置を決める権利を認める法律もあります。死因を確かめる解剖は家族の同意でできます。お葬式のしかたも遺族が決めるのが一般的ですね。ただ最近は本人の意思を尊重する例が増えてきました。たとえばお骨を海や山に撒いてほしいという散骨のような選択肢が出てきました。

臓器提供について、本人の同意も家族の同意もいらないとしている国もあります。本人が生前に反対の意思表示をしていなければ、死後臓器を摘出してよいというのです。これは、臓器提供は社会人として当然の連帯の行為で、死後の体は社会全体の共有財だという考え方が背景にあります。

あなたは、死後の体は誰のものだと思いますか。自分だけのもの、家族のもの、社会全体のもの? それによって、臓器提供をどのように認めるかも変わってくるでしょう。さらなるご意見をお待ちします。

ぬで島次郎
東京財団研究員
ぬで島次郎


関連参考情報
■ 「臓器提供、本人同意はなくてもいいと思いますか?」
2009年5月の円卓会議、参加者の声は?
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