
何事も教育!(もりうめ・大阪・パートナー有・34歳)
- 夫は北欧で育ち、「男たるもの(家事はせず)」という悪しき風習になじんでいない。
- 彼の母親が常に「家事は分担」と教育していた(お義母さん、ありがとう!)。
- お互いが得意なこと、不得意なことがちょうど補完し合っている(夫は料理が得意、わたしは掃除が好き)。何事も教育! 子どもはいませんが、もし男の子ができたら彼のように育てたいと思います。
余力のあるほうが進んで(パレアナ・東京)
共働きですので、疲れていると家事がおろそかになりがちです。そんな時は無理をしないで、お互いに自分ができることだけをするようにしています。会社での仕事量と、家事の量は、常に一定ではありませんので、「●●は誰の分担」と決めてしまわずに、余力のあるほうが進んで家事をやる、というのはいかがでしょうか? ぐったりしていても、相手に感謝の気持ちを持つことで、自分にも力が湧いてくるので、いい循環で家事が進みます。
ストレスの種にしたら続かない(ありる)
夫とは好きな家事が違うので、それぞれ好きな家事を多くやるようにしています。で、どっちもいやなことは、他人にお金を出して頼みます。家事って生活そのものなので、ストレスの種にしたら続きませんよね。
たとえば、わたしは料理はそんなに好きじゃないけど食器洗いは大好き。片付けは好きだけど、掃除機は嫌い。洗濯物干しやたたむのは好きだけど、しまうのが面倒。夫は、料理が得意だけど台所の後片付けは嫌い。片付けは嫌いだけど掃除機かけは大好き。どこどこ、と決めてさえあれば、洗濯物をしまうのも好き。あと何でもかんでも「漂白する」ということが大好き。やらなくて済む家事は極力やらないことにし、好きな家事をそれぞれがやる、を徹底したら、ストレスたまらなくなりました。
たとえば、布団を干すのは面倒なので、布団乾燥機で済ませてますし、トイレ掃除も面倒なので、まとめて掃除しなくて済むよう一番汚す長女の後にちょっと拭いて済ませてます。そのために、こまごました便利な掃除道具が家のあちこちに置いてあります。レンジフードの掃除や床のワックスはかなり面倒なので、年に1回、ホームメイドサービスを頼みます。
気持ちよく生活するために必要なこと=家事だと考えるので、家事をすることでストレスをためるなんて本末転倒だという考えなんですが。やっぱりグウタラ主婦の言い訳でしょうか。
家事を労働とみなすかみなさないか(マース・既婚)
田尻さんのコメントを呼んでなるほどな、と思いました。今共稼ぎですが時期によりお互い残業もあります。といっても圧倒的に残業しているのは主人のほうですが残業しているからといって分担を減らしません。主人は家事に協力的な人と思っていますが、わたしがパート勤めだったら今と同じには手伝ってくれないのでは?と思います。
なぜならわたしが主人の立場だったとして奥さんがパート勤めだったら、「家事はお前の仕事だろう」と言ってしまいそうです。ということは、わたしは家事を労働とみなしていないのかな、と気付きました。
母の立場の苦労をわかってくれている(サコチャンアイチャン・大阪・38歳)
主人側の家族と仕事を共にしています。これまで試行錯誤して家事の分担などの要求を口に出しては、不満を思いのままにぶちまけていましたが、そうしている自分にも疲れるし無駄であると思い、これもわたしの当たり前のことなのだと、受け入れることに決めました。案の上たまに疲れ果ててしまい午後8時過ぎに眠ってしまって爆睡する日がありますが、目覚めると洗濯していてくれたり台所がスッキリしていたりします。言わずとも主人と子どもがやってくれているのです、もう感激の一言に尽きます。みんな、母の立場の苦労をわかってくれているので今の状態に満足しています。
ある程度相手の好きなように(gagigu2000)
現在、わたしは妊娠しておりようやくつわりが治まりかけてきた時期です。仕事もフルタイムでしておりますので、帰宅したら家事をするエネルギーなど残っておりません。そのような理由から現在は夫が主に家事をしております。夫は山のようにたまってからやるよりはその時にやったほうが後が楽と考えているので、以前からもこまめにやっていました。一つには、わたしの性格が夫よりもぐうたらなので、見るに見かねてやり始めた感があります。
その他の理由としては、夫は男3人兄弟で(義母は義父も入れて男4人兄弟と言っております)子どものころはあまりにも手が掛かるので、義母は男4人をうまく使って家事の軽減を図っていたようです(今でも「ちょっとそれやって」というように誰でも使っています)。
夫は父親が動けば、子どもたちも何となく動くようになっていったと話していました。これはうまい作戦と思っていますので、子どもの時から家事は家族でするものだと身をもって教えていこうと思っています。最初は夫のやり方に満足していない部分もありました。お皿の汚れが取れていないとか、水回りが汚いとか。しかし、自分が動けなくなってみると、それくらい大したことないんだと思うようになりました。完ぺきに仕上げたいのなら、その後ちょっと手を加えたらいいのです。「ありがとう。こうしたら後はもっと楽になるからお願いやって」と頼むこともあります。夫にも男としての意地(プライド?)のようなものがあると思いますので、あまりガミガミと細かく言わないようにしています。逆に考えたら、自分も好きではないことをするのに相手からガミガミ言われたくありませんから。ある程度は相手の好きなようにやらせておいて、最終的に自分の許せる範囲まで修正するというのはどうでしょうか。
「お、ラッキー」と思えるスタンスで(♪みみみん♪・東京・32歳)
結婚する前、母に「やって当たり前。やってもらったら感謝できるようになりなさい」と教えてもらいました。言葉で書くと堅い雰囲気ですが、たとえば、ごみとか出してもらったら「お、ラッキー」と思える、こんなスタンスが好きです。
常に助け合い(camphor)
結婚して26年ほとんど共働きでやってきましたが、家事はずっと共同作業です。育児のときもお互いに手が空いているほうがする、基本的に食事の用意は主婦であるわたしが多いのですが、夫が早く帰ってきたり休みのときは男の料理でとてもおいしいものを作ってくれます。「おいしい、おいしい」と感激して食べるとまた作ってくれました。相手が疲れているなと思ったら助け舟を出す、お互いに思いやって生活しているとはっきり分担しなくても自然に分担して過ごせるものです。家庭は常に助け合いですよね。
相手は満足していないかも(仕事の鬼)
よく考えると、彼のほうが負担しているかもしれません。平日は彼が単身赴任なので、子どもの世話などはわたしですが、週末は帰ってきてほとんど彼がやってくれています。わたしが正社員として働くかたわら、週末は仕事と学校での勉強とで、家のことをしなくなったので、彼がやらざるを得ないのですが。幸い、彼は料理もアイロンがけもわたしより上手なので、正直に感謝の気持ちは伝えるようにしています。質問を彼にしてみたら、もしかすると「パートナーとの分担に満足していない」かもしれません。