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2005/4/25(月) - 2005/4/29(金)
1日め:テーマの背景 | 2日め | 3日め | 4日め | まとめとリポート
2日め

テーマ日中、日韓問題を肌で感じたことありますか?

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キャスター
藤田正美
藤田正美 元『ニューズウィーク日本版』編集長

masako11さんが言われるように、何よりも大切なのは人と人のコミュニケーションであるというのは、まったく反論の余地のない正しい指摘だと思います。でも私たちは、どこかでやはり国を背負っています。つま……

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これまでに届いているメンバーからの投稿

YES

アメリカに留学していたころに(YOGI__BEAR・東京・パートナー有・37歳)

アメリカに留学していたころに、仲のよかった韓国人留学生がいました。ある日一緒にゴルフに行った際に、別の韓国人グループがいました。その時私の友人が、「韓国人留学生の会の先輩だ。日本人と仲良くしているところを見られると、仲間はずれにされる」といったような事を言われました。会話を進めれば、理解しあえるというナイーブな思いはありますが、本当の意味で理解しあうのには、時間が必要だと思いました。

年配の韓国人の日本語を聞いて(スパイス・埼玉・パートナー有・32歳)

韓国に旅行に行った時に、韓国人の年配の方やお年寄りの方が日本語をしゃべっていました。日本が昔、この国を支配していたことを感じ、胸が痛くなりました。日本語を忘れていないという事は、日本がしてきたことも忘れていないのだと思います。

「日本時代」という歴史(morning1967・神奈川・パートナー有・37歳)

以前、韓国の官僚の方と話をしたことがあります。日本にも留学をなさっていた方で、日本語はもちろん、日本の歴史にも精通した方でした。その方が、韓国を案内して下さった時、日本の「明治時代」に建築された建物を、「これは、日本時代に建てられたんですよ」と仰った時にはドキッとしました。日本が韓国を植民地化していた時を、韓国では「日本時代」と呼んでいることを知り、改めて日本の韓国支配の時代を考えさせられました。日本人が韓国支配を忘れていても、韓国に「日本時代」という歴史がある限り、韓国の方の日本人に対するマイナスの感情は風化することはないのだと感じます。

中国への家族旅行中に(ガク・兵庫)

小学生の頃、中国に家族で旅行した時のことです。喫茶店に入り、ジュースを飲んでいたのですが、妙な男性がカタコトの日本語で話しかけてきました。話題は季節の話。「中国は暑い?過ごしにくい?」と訊かれ、父が「日本は、湿気が一番多い時期。中国に来たらむしろ湿気がなくて過ごしやすい。」と答えたのですが、中国人男性の顔つきが、変わったのです。態度も。訳がわからず店を出て、父に「怖かったね、どうして怖くなったんだろ?」ときくと、「多分日本語をちゃんと理解できない程度の語学力で、”一番”という言葉に反応したんだろう。戦争の時”一番”は日本といって戦った時のしこりがまだ残っているのだろう。」と。戦争から、ずいぶん年月がたっていても、そういうしこりはあるんだなぁ、と子ども心に思ったものです。

韓流ブームが騒がれているけれど(みあい・愛知・パートナー無・27歳)

友人が韓国人男性と恋愛をして、最近終わるという話を聞きました。2人の付き合いは順調であったようですが、やはり距離と言葉の違い、そして日韓の間の関係を考えると結婚は難しいという結論に至ったということです。彼女が言うには、韓国人には日本に侵略されたという意識がまだ根強く残っており、私たち日本人が思う以上に恋愛をするにあたっても大きな壁になるようです。韓流ブームと世間では騒がれていますが、本当の意味で両国が理解できるような時代が早く来るといいなと思いました。

NO

「今、ここ」を大事にしていく(fmisa・大阪・パートナー有・36歳)

私が通っていた小学校の行事では日の丸国旗は上がりませんでした。卒業式では、数人の同級生が朝鮮名(本名というのでしょうか?)で呼ばれていました。当時は特に気にすることもなく、「朝鮮の方々が多く住む地域はそうなのかなぁ。」程度の感覚でしたので、「問題」という意識はありませんでしたし、チョゴリやキムチを売っているお店のおばさん達はいつも朗らかで優しかったという思い出しかありません。過去の歴史を認識することは確かに大事だと思いますが、それよりも「今、ここ」をお互いに大事にしていくことが大切なのではないでしょうか。

中国人の友人とも楽しく(masako11)

日本在住の中国人の友達がおりますが、日中問題など、話題にもならず、とても仲良くさせていただいております。また、私の友達には、中国の文化に関心があり、留学経験のある人も何人かおりますが、皆さん、とても楽しそうに中国の話をしてくれます。やはり、何よりも大切なのは、人と人とのコミュニケーションなのではないかと思います。

昨日までのみなさんの投稿を読んで

戦後はまだ終わっていない

masako11さんが言われるように、何よりも大切なのは人と人のコミュニケーションであるというのは、まったく反論の余地のない正しい指摘だと思います。でも私たちは、どこかでやはり国を背負っています。つまり国がやったこと、あるいは国がやることと自分は無縁ではありえないのです。太平洋戦争だけでなく現在の経済進出などでも、それを自分がどう考えるかというスタンスがとても大事だと思います。

私たちは地続きで国境を接していない分、日中の間や日韓の間にある「トゲ」を肌で感じる機会は少ないのかもしれません。それが36%と64%に表れているようです。しかし実はそこに私たちの側の問題が潜んでいるようにも思います。感じる機会が少ないと、どうしても考える機会も少なくなってしまいがちだからです。

たとえば、ハワイに行かれた方は多いと思いますが、真珠湾に沈んでいるアメリカ海軍の戦艦アリゾナを見に行った方はどれぐらいおられるでしょうか。僕が行ったとき、日本人が少ないことに驚きました。戦争を正当化したり、断罪したりするのではなく、むしろあの戦争が何だったのかを考え続けていくために、歴史の断片を「見に行く」ことがとても重要だと思います。

日中でも日韓でも、あるいは東南アジアの国々でも同じことです。それらの諸国は「被害者」ですから、戦争の記憶はなかなか忘れてくれません。普段は日本人と付き合っていても、何か事があるとその記憶がトゲとなって表れます。加害者のほうは都合よく忘れてしまいがちです(これは日本人のことだけを言っているのではありません。人類の歴史を見れば、勝者はたいがい歴史を都合よく解釈し、敗者は民族が負った傷をなかなか忘れないという例をいくらでも見いだすことができます)

戦争が終わって今年で60年になります。それなのに中国や韓国で、教科書や領土をきっかけにして反日デモが起きました。まだ戦後は終わっていなかったのです。なぜあの戦争のことをいつまでも言われ続けるのか、皆さんはどうお考えですか。

藤田正美

藤田正美

元『ニューズウィーク日本版』編集長

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